戦後はまだ終結していない
ロシア原潜だけが負の遺産ではない。中国大陸に遺棄された旧日本軍の化学弾、あるいは戦火が絶えてもなお人々の生活を脅かしているカンボジア、アフガニスタンに残る対人用地雷。さらには日本各地の海中や湖底などに投棄された旧日本軍の化学弾もそうだ。そしてこれらの引き揚げや除去を新たなビジネスチャンスとして商社をはじめ各メーカーは受注合戦に目下しのぎをけずっている。これを当方は戦後処理ビジネスと称しているが、したがってメーカーは武器を製造販売する一方でそのノウハウをもって戦後処理ビジネスで、もうひと儲けをしようという、抜け目のなさである。
二〇〇三年の夏は旧日本軍が遺棄した化学弾にからむ出来事が二つあった。まずひとつは、八月四日に中国黒竜江省チチハル市の、元人民解放軍の施設であった建設現場からドラム缶に入ったイペリット剤が流出し、建設作業員四十数人が被害を受け、このうち一人が死亡したというものだ。ふたつめは、旧日本軍が中国大陸に遺棄し、放置した化学弾が原因で死傷した中国人被害者が日本政府を相手取って損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁は「日中国交回復後も、遺棄場所や処理方法を中国政府に情報提供する義務を怠ったのは違法な公権力の行使」として一億九千万円の支払いを命じた九月二十九日の判決である。
このようなニュースに接するたび、戦後はまだ完全に終結していないことをあらためて知る。と同時にツケとして残った戦争による負の遺産がいかに大きいかを思わずにはおれない。中国における化学兵器の処理義務は九三年一月パリで開催された「化学兵器の開発・生産・貯蔵及び使用禁止並びに遺棄に関する条約」(化学兵器禁止条約)に、日本を含む百三十カ国が署名し、続く九七年四月、百四十六カ国の調印、八十一カ国が批准したことをもって正式に発効したことに基づく。
中国政府も同条約を批准したため我が国の遺棄化学兵器の廃棄処理義務はいっそう強まった。それというのは、同条約は発効から一年以内に化学兵器生産施設を破壊し、十年以内に化学兵器の完全撤去を求めているからだ。
ところがそれにもかかわらず我が国が中国の化学弾処理に実際に着手したのは二〇〇〇年九月であったから、対応のにぶさは指摘されよう。それでなくても化学弾処理着手から早くも半年後の〇一年四月、河南省准陽県にある龍湖で護岸工事をしていたところ、旧日本軍が同湖に遺棄した砲弾約二百発が発見されているからだ。
「実際には一九九六年四月に発見されていたんですが、二〇〇一年に外務省の職員が現地を訪れて確認し、化学弾であることを最終的に認定したというのが事実です。発見された砲弾のうち五十三発が化学弾と認定され、アルミ製の袋に詰め、さらに鉄製の筒に密封したうえで准陽県内の一時保管庫に搬入しました」
こう説明する青山明彦・内閣府遺棄化学兵器処理担当室事務官によると、中国における我が国の化学弾処理は黒竜江省北安において二〇〇一年九月十三日から二十七日にかけて行った化学弾発掘が実質的なスタートだという。この期間中に化学弾八百九十七発、通常弾千百八十三発が掘り出され、密封したうえでチチハルの一時保管庫に陸送された。ならばこの発掘作業はどこのメーカーが、一体いくらで受注したかということになる。
「コマツが十億円で受注しました。ただし作業員の宿泊施設、指揮所、進入路の整備、資材置き場など付帯施設に要する経費も加えますと全体で十三億円になります」(青山氏)
北安で発見された化学弾は赤弾と黄弾といわれるものだ。赤弾にはジフェニールシアンアルシンが含まれ、これを吸い込むと激しいくしゃみに襲われ、血液中の酸素吸入機能が麻痺し、死にいたる。二〇〇三年春に茨城県神栖町木崎地区の住民が健康被害を訴える騒ぎが起きたが、住民が使用していた井戸水からこのジフェニールシアンアルシンと同じ成分が検出された。黄弾にはイペリットが含まれている。これにはびらん性の毒性があり、これが皮膚に触れるとやがて疼痛を覚え、水疱が現れる。またイペリットは揮発性が低いため土壌や地下水に浸透しやすい特性がある。化学弾にはこのほか青酸ガスを含んだ茶弾、肺組織を破壊し、肺水腫を起こして死にいたらしめる塩化アセトフェノンを含む緑弾がある。また赤弾、茶弾というのは砲弾のところにこの色の線がペンキで塗ってあることから名がついた。
話を中国の毒ガス弾にもどそう。さて、ならばなにゆえコマツが受注したのかという疑問がここにわく。
「コマツは砲弾を生産してますから処理に関するノウハウもあるということで発注しました。半世紀以上も放置されていますので腐食がはげしく、中身が漏れ出す危険もあり、慎重な作業が求められます。となればどのメーカーでもよいというわけにはいかない。砲弾の扱いに慣れているメーカーでなければできない仕事です」(青山氏)
ただしこのとき行われたのは発掘のみ。したがって無害化処理は今後に待たれる。その無害化処理だが、サンプリングをもとに成分の抽出、運搬、分析機器の開発などが目下行われているとのこと。そしてこれらをコマツと東洋紡が受注し、前者が赤弾、後者が黄弾の分析を担当。その受注額は両社合わせて四億八千万円、と青山氏はいう。
中国大陸には七十万発もの化学弾が遺棄されている。そのため早期処理は日中両国の懸案になっている。化学兵器禁止条約に基づけば、我が国は二〇〇七年までに全面撤去が求められている。膨大な数の化学弾処理。しかしその半面メーカーにしてみればじつにおいしい商売に違いない。事実、中国ハルバ嶺における化学弾処理に関するコンサルタントを日揮は年間二十億円、単年度契約で受注している。
化学弾は中国だけではない。じつは日本国内にも遺棄されているのだ。たとえば青森県陸奥湾、千葉県銚子沖、福岡県周防灘などだ。その周防灘から二〇〇〇年十一月に化学弾十八発を含む五十七発の砲弾が発見され、さらに〇三年九月五日、砲弾と思われるものが五百三十八カ所から再び発見された。場所は福岡県苅田港だ。同港は浚渫工事に先立って六月から八月にかけて磁気探査船を使った海底の金属探査を行っていた。
「その結果五百三十八カ所から金属反応がありました。しかしまだ視認はしてませんので化学弾かどうかは判断できません。ただ前回もほぼ同じ場所から化学弾を含む砲弾が発見されたのでその可能性はありますね」
小倉明伸・苅田港湾事務所副所長はこう説明する。これがすべて砲弾だとすれば大量発見となるが、苅田港は大久野島に近いため大量投棄された可能性は否定できない。大久野島とは瀬戸内海に浮かぶ、周囲四キロほどの小島だ。一九二九(昭和四)年、日本陸軍は大久野島に化学兵器製造工場を設立。以来、この島は“毒ガス島”と称され、秘密保持から一九三八(昭和十三)年には日本地図からも抹消された。
敗戦と同時に米軍によって施設は破壊され、化学弾も海中に廃棄処分された。当方は数年前に同島を訪れたが、工場跡地や化学弾を保管したドーム型の貯蔵庫、あるいは発電所、砲台の残骸が今も残るのをみて、感慨深いものを感じたものだった。じつはこの大久野島には現在も六十数万発もの赤弾が埋められているといい、それが時折“牙”をむいて人々の安全を脅かしている。一九九九年三月、防空壕の閉鎖工事を行っていたところ、その壕内から九発の赤弾が見つかった。中身のジフェニールシアンアルシンを抜き取ったのち焼却処分し、遮断型最終処分場に埋め立てられたが、回収及び焼却処分は産業廃棄物処理専門業者の光和精鉱が千二百万円で受注したと環境省国立公園課はいう。
磁気探査の結果、苅田港の五百三十八カ所から砲弾と思われる金属反応があった。ならばそれを請け負ったメーカーはどこで、受注額はいくらであったか。再び小倉副所長に聞こう。
「受注したのは神戸製鋼です。同社は海底の金属探知が可能なドイツ製のデータ解析能力を備えた船を保有しているので発注した。発注額は約三億円です」
じつは苅田港では二〇〇〇年十一月二十七、二十八日にかけて化学弾三十八発が発見されていた。したがって苅田港では今回の分と合わせて六百三十三発が見つかったことになる。
「これらを処理するため総務省は二十三億円を計上した。ただしここには今回の分は含まれてないので現在追加要求を検討中です。処理方法についても腐食が激しいので化学剤を抜き取らず、そのまま七〇〇度の高温で処理する爆破燃焼法を用います。今後入札を行って発注先を決めるが、入札は指名か競争か、それともプロポーザルになるか、それもまだ決まってません」
防衛庁広報課はこう説明する。この苅田港での化学弾三十八発の発見を契機に防衛庁は二〇〇一年二月、英国の『ダイベック社』にウエットスーツ四着を発注した。半世紀以上も海底に遺棄された化学弾。迂闊に動かせば化学剤が漏れ出し、作業員は危険にさらされる。そのため発注したウエットスーツは化学剤が漏れ出しても体内に浸透しないよう特殊加工されているという。ではダ社の受注額はいくらであったかといえば、四着で七千五百万円だった。ウエットスーツの名は「ダーティーハリー」というそうな。どこかで聞いたような名だが、このスーツ、現在佐世保の海上自衛隊が保管しているという。
防衛庁の説明からプロポーザルの名が出たので、どのような入札方式か説明しておくのもいいだろう。プロポーザル方式とは「その仕事について私たちはこのような方法でやります」とメーカー自ら提案することをいう。この方式を取り入れたのが北海道の屈斜路湖から引き揚げられた化学弾二十六発の処理であった。一九九六年十月、元兵士の証言から屈斜路湖に化学弾が投棄された事実が明らかになった。このとき引き揚げられたのは長さ四五センチ、重さ五〇キロのびらん性黄弾であった。湖底から引き揚げた黄弾は弟子屈の町有林の地下五メートルに設けたコンクリートの保管庫に搬入したのち、無害化処理された。このとき国がとったのが「公募型プロポーザル」という入札方式だった。この入札には丸紅、三井物産、神戸製鋼などが応札し、最終的には神戸製鋼が落札している。では同社が他の競合メーカーを退けて落札した理由とはいかなるものであったか。私たちの関心はここにある。
「砲弾のカッティングに振動が少ないこと、無害化に必要な中和システムが適切であること、安全性効率性が高いなどが理由です」
内閣官房室はこう回答し、さらに神戸製鋼には原子力関連など危険物処理に関する技術的ノウハウをもっていたことも有利に作用したとも付け加えた。この屈斜路湖の無害化処理は二〇〇〇年九月二十三日からほぼ五十日間かけて完了した。さてそこで肝心の受注額はいったいいくらであったかである。
「八億円です」(内閣官房室)
二十六発の化学弾処理に八億円。ということは一発当たり三千万円ということになる。これが高いか安いか……その判断は読者にまかせることにしよう。
環境省は旧日本軍の化学弾が原因と思われ、茨城県神栖町木崎地区の住民に健康被害が出た事態を踏まえ、『旧日本軍の化学兵器に起因する健康被害の未然防止に関する法律』(毒ガス被害防止法)の策定をすすめている。これに基づいて環境省は全国に散逸する化学弾の遺棄場所あるいは保管場所であった跡地の特定を調査するため、各都道府県に協力を求めている。そのため新たな遺棄化学弾が発見されるかも知れず、そうなればメーカーはこれを新たなビジネスチャンスとして受注に火花を散らすに違いない。
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【略歴】岡村青氏 昭和二十四年(一九四九年)、茨城県で生まれる。現在、社会派のノンフィクション・ライターとして活躍中。著書に『脳性マヒ者と生きる』(三一書房)『十九歳・テロルの季節』(現代書館)『血盟団事件』(三一書房)『森田必勝・盾の会への軌跡』(現代書館)『水戸納豆の謎』(東京新聞出版局)がある。
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| 「正論」平成16年1月号 |
論文
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