休日に子供とクッキーを焼いた。
あるとき、気になる記述が保育園からの連絡帳にあったからだ。ともにマスコミで働く夫と私は、3歳になる子供を預けている。
「手のひらに絵の具をつけて、モミの木の葉をペタペタぬりました。光太郎君は、手が汚れるのが、ちょっと苦手かな」
「粘土あそびのとき、『やらない』と言いにきました。みんなが楽しくあそんでいたら『仲間に入れて』と来たので、先生はうれしかったですよ」
手は洗おうね、ばっちいばっちいと言い過ぎたかなと反省しつつ、親子でなにか楽くできないかと考え、手でこねるクッキーを思い立ったのだ。
案の定「やだ」と言って、私が卵を溶く手元をながめていた。しばらくして、ビニール袋に粉を入れてふりまわし始めると、「ぼくもー」と小さい両手を差しだしてき
た。
ふりまわすのは粉に空気を入れるため。楽しそうで少し安心した。途中、粉があちこちに飛んで散々だったが、服や床が汚れても注意するのはグッとこらえた。さて、いよいよ両手でこねる。
生地をまるめて、棒でのばし、用意した型で抜く。息子は、クルマ、飛行機、星、男の子の人形のなかから、人形型を選んだ。ヘソをつけたり、その下にもなにかつけたりして、途中から加わった夫と大笑いした。大好きな「の」の字もつくった。
最後に、オーブンへ。焼きあがる様子をのぞき込むこと10分。甘い香りが部屋中に広がった。ソッと取り出し、「ふーっ」と冷ましながら食卓へ。
熱くて、やわらかくて、冷たい牛乳と一緒にお腹いっぱい食べた。
◇
湾岸戦争のあと、当選したクリントン大統領の妻、ヒラリー夫人が「私はクッキーを焼くより、仕事を選んだ」と言って物議をかもした。家庭の主婦たちを怒らせ、共和党はさっそく政権攻撃の材料にした。
家庭と仕事の一方だけとはまた極端なーーと思ったが、ヒラリー夫人はきっと仕事に全力投球してきたのだろう。
売れっ子弁護士で、クリントン氏の州知事時代は氏の三倍の月収があったそうだし、大統領当選後は政策にも積極関与し、ビルとヒラリーを合わせて「ビラリー・クリントン大統領」と揶揄されたほどだから。
でも、多くの女性たちは、仕事と家庭の両方に大きな責任を感じながら、悩みつつも何とかやっているのだと思う。
私自身はと言えば、仕事は取材先の方や編集部の先輩たち、家庭は夫と保育園の先生たちに支えてもらいながら、七転び八起きで恥ずかしい限りである。
締め切り前など、部屋中に洗濯物が散らかっているのを見ると、家政婦さんの手を借りようかなあと思う。しかし、これは他人が家に入ることへの抵抗もあって、踏み出せずにいる。
◇
妻であり、母であり、独立人であること。
ヒラリー夫人はその後、イメージチェンジに躍起になり、米民主党も専門家をつけて対策に臨んだというから、彼女の「働く女性」像も変わったのかもしれない。
しかし、生き方にもつながるこの種の問題は、力を入れて何とかするものでもない気がする。
私としては、日ごろの思いが自然に行動にあらわれるようなーー、例えば閣議にいつもクッキーを焼いてきて、午後の紅茶(アフタヌーン・ティー)が習慣の英国で、みんながいただくのを楽しみにしていたという、サッチャー元首相のような女性になりたいと思う。
温かい家庭という日常に裏打ちされた、「鉄の女性」の信念があの厳しい冷戦時代の英国を守ったのだと知るにつけ、守りたいもの、守るべきものとは、すぐそばにあると思うのだ。
「正論」編集部 牛田久美
| 平成16年1月25日 |
Web版「正論」コラム
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