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 <知を楽しむ人のためのオピニオン誌・「正論」>



今月のメッセージ(第91回)(平成16年3月1日)



 お元気ですか。

 春が足元までやってきました。春といえば花。花といえば桜。昔の人は「人は武士、花は桜」といいました。人のなかで武士が最もすぐれていて、花のなかでは桜がいちばん、という意味ですね。武士がいなくなったいまはどう言い換えたらよいのでしょうか。武士の代わりに大臣、知事、議員、官僚、教授、判事、博士、医師、技師と思いつくままに置き換えていってもどれもぴったりときません。ええ、記者なんて論外です。もっとも武士といっても玉石混交であったでしょうが。

 花といえばことわざ。花で始まることわざはけっこう多いですね。小学館の『故事ことわざの辞典』をめくってみました。

 花は一時(いっとき)、人一(ひと)盛り(花の盛りは数日、人の盛んなときもいっとき。栄華は長続きしない)

 花多ければ実(み)少なし(花のたくさん咲く木には実が多くならない。うわべのよい人はとかく誠実ではない)

 花が見たくば吉野へござれ(桜が見たいなら吉野へおいでなさい。なにごとも本場へ行くことが大切である)

 花好きの畑に花が集まる(好きな人のところには自然と好きなものが集まってくる)

 花に嵐(とかくものごとには邪魔が起こりやすい)

 花の内(うち)の鶯(うぐいす)、花ならずして芳(かぐわ)し(花のなかにいる鶯は花そのものではないが、よいかおりがする。よい環境にいるものは、その環境に影響されてよくなる)

 花はその主(しゅ)の心の色に咲く(草木は育ててくれた人の心根を反映させて花を咲かせる。人の性格は上に立つものに強く感化される)

 花は所を定(さだ)めぬもの(花は人目につくところでもつかないところでも、どこででも美しく咲く。立派な人物は場所や地位にかかわらず、どこにでもいるものだ)

 どうですか。それぞれに味わい深いでしょう。初めて知ったことわざもあったと思います。いえいえ、私に礼をいう必要はございません。お礼をおっしゃりたいならこの辞典の編者へどうぞ。

 ご存じのように花にからめたことわざ、名言はまだたくさんあります。「花より団子」「両手に花」「花を持たせる」「高嶺の花」「きれいな花には刺(とげ)がある」といった言葉はどなたもスラスラと出てくると思います。

 日常のコミュニケーションに関することわざにも花が使われています。「言わぬが花」といいますね。また、「言われる内が花」というのもあります。いろいろと噂を立てられている頃がほんとうは人生の華やかの頃で、存在感が薄れていけば噂も立てられなくなるというわけです。そうはいっても、人間というのはいくつになっても自分の評判が気になります。そのくせ人は噂が大好きですね。あまり品のいい文句ではありませんが、「後家花を咲かす」(夫を亡くした女性に恋愛の噂が広まる)というのがあります。そうそう、「噂話に花が咲く」というのもありました。

 朝日新聞二月十八日付夕刊に面白い記事が載っていました。調査会社に「自分の評判を調べてほしい」と依頼する人がふえているというのです。

 その記事によりますと、調査料金は都内の大手調査会社の場合、日数や聞く人数にもよりますけれど、通常は十万円から十五万円だそうです。これだけの大金を惜しまない人たちのなかに女子大生や二十代の主婦も入っているというのですから驚きです。

 なぜ彼女たちは自分の評判を知りたかったのかといいますと、女子大生は就職活動のためであり、主婦は近所付き合いのためとか。女子大生は取材記者に、「就職活動をするにあたって自分がどう見られているのか知りたい」と語っています。また、近所の人と仲良くなれずに悩んでいる主婦は、「私のイメージが悪いのかも。悪いところがあれば直したい」と話しています。そこまでしなくとも、と思う半面、二人の真剣さにしんみりした気持ちにもなります。幸い女子大生には悪い評判はなかったとか。こちらまでほっとしましたが、芳しくない噂が耳にはいったとき、調査会社はその通りに報告するのでしょうか。

 記事によりますと、首都圏の市役所に勤める四十代の男性は「同僚に自分の評判を聞いてほしい」と依頼したそうです。調査員が「自分で聞いてみては」と勧めると、「自分には本当のことを言ってくれない。本心では自分を嫌っていると思う」と答えたそうです。猜疑心の強い男だなあ、などといわずに彼の悶々とした日々を察してあげましょう。また、不安の時代の一現象をさぐり当てた朝日記者の嗅覚に拍手したいと思います。

 花の話からずいぶんそれてしまいましたので、石川啄木のうたを紹介して花につなげたいと思います。

 友がみなわれよりえらく見ゆる日は 花を買ひ来て 妻としたしむ

 自分は周囲からどう見られているのだろうか、そのことが気になり始めたら、啄木にならって花を買ってはいかがですか。

「正論」編集長 大島信三

 「正論」平成16年4月号 編集長メッセージ



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