FUJISANKEI
 COMMUNICATIONS
 GROUP
 Opinion
 Magazine





 seiron
 


 <知を楽しむ人のためのオピニオン誌・「正論」>



4月号(1)



天が与えた機会

元自衛官・田中 實(さいたま市・71歳)

 イラクへの人道復興支援として、陸海空に亘り、自衛隊が彼の地に進出を始めた。

 自衛隊でなければ為し得ない支援とはいいながら、憲法の縛りにより、テロ攻撃に万全に対処し得ない危険性をもったままである。

 しかし、派遣された自衛官は使命に燃え、自信に満ちている。陸自先遣隊長や本隊先発隊長のさわやかな言動やイラク現地の官民との和やかな交流の中に、それを窺うことができる。

 今回のイラク派遣は、戦後長い間、空想的平和主義や他から与えられた憲法を至上のものとする世論の中で、異端視され続けてきた自衛隊が、自らその身を挺して、日本存立のための不条理を排し、いわゆる普通の国に建て直す機を得たともいいうることである。

 かつて、日本を国際国家に変える契機となった明治維新は草莽の志士の開明的な血気の勇が、その原動力となった。

 およそ、国の変革は、真に国を想う有為な人材が、身命を賭して行動することをもって始まる。

 このたびのイラクへの自衛隊派遣は、日本を外から侵害することを許さない国に変え、国際的ポテンシャルの高い国に押し上げるために、天が与えた機会ととらえ、イラクでの自衛隊の活動の成功と無事を祈るものである。

便益への対価

大学生・佐藤由里(仙台市・20歳)

 年金制度が危機的状況にある。保険料未納者の増大は制度を根幹から揺るがしており、若年層のフリーター化がそれに拍車をかけている。少子高齢化という確定的な趨勢があるにも拘わらず成長を前提とした方式の見直しに消極的であった行政の不作為に責任の一端があると言えようが、確定拠出年金の導入や医療費自己負担率上昇に象徴されるように、公的扶助は否応無く縮小を迫られている。企業年金にせよ、代行返上にその限界が露呈し始めている。

 自己責任重視型社会の方が望ましいとする発想もあろうが、社会保障制度は個人の問題ではなく共同体の問題であるという視点が欠落してはいけない。自分一人が裕福であっても、他の人々の生活が安定的でなければ、長期的には社会全体の健全な発展が抑制される。福祉政策は政府の契約の履行であり、国民はそれに協力する義務を負う。

 保険料を納める意思のない人々の中には、「自分の資産は自分で形成する」という考えを持っている向きもあるのかもしれない。自立志向であるという点では咎めを受ける謂れはないのだろうが、誰もがそう考えて行動した時に公的扶助制度の崩壊は現実化する。多少不信感が残ったとしても、各人が「制度維持に協力する」という大局観を持って負担を甘受すれば、実際に制度は維持され全体の利益が守られる。

 我々国民は国家から有形無形の便益を受けており、独力で生きているわけではない。保険料など、その便益への対価として考えれば、左程重い負担ではないのだと思う。

何ともやり切れない一日

アニメ制作・鐘ヶ江しょうこ(町田市・29歳)

 二月十一日に東京・秋葉原電気街で発生した火災は犠牲者も無く、一一九番通報者の一人としてホッとしました。しかし、消火活動を見守る人々の言動に納得いかないものが多々ありました。

 先ず携帯電話のカメラで火災を撮影する者が圧倒的多数。目の前で「逃げ遅れた者はいないのか」と怒号が飛び交う中で平然と携帯を掲げる群衆の光景は、あまりにもギャップがあり過ぎ、異様なものでした。一部の者は「凄いのを撮ってやった」「新聞に売れるかも」などと笑いながら話す始末。しかもそれが若者ではなく熟年女性の集団なのです。開いた口が塞がらないとはこのことです。

 また、ガス漏れの事態も想像せず煙草を吸いながら見物する男性の姿も。さらに、路上駐車をしていたトラック運転手は移動の際に警察官の誘導に従わず、丁度駆け付けた消防車の進路を妨害する有り様でした。

 加えて驚いたのが、ビルの屋上から火災現場を撮っている人です。最初は報道の方かと思っていたのですが、そのうちに黒煙にまみれて悶え苦しんでいるではありませんか。

 警察官がハンドマイクや手招きで降りる様求めても応じず、結局、風向きが変わるまで転がり回っていました。しかも、この方、その日のテレ朝系「ニュースステーション」に火災撮影者としてちゃっかりインタビューを受ける姿が流れていたのです。

 報道でもない単なる一般人があの様な危険な行為をして許されるのでしょうか。

 何ともやり切れない一日でした。

韓国にまで影響する日本の歴史教科書

県立高校教諭・熊谷正秀(神戸市・43歳)

 三月号、加地伸行氏による「朝日新聞のデータが示す歴史教科書の欠点」の中に、昨今話題となっている「強制連行」に関する記述がある。

 それによると、韓国の中・高の国史教科書(国定)には、「強制連行」の用語は使用されておらず、また、戦時動員についての記述量も日本の歴史教科書よりもむしろ少ないとされている。

 確かに、二〇〇一年度までの教科書はそのとおりである。しかし、二〇〇二年度からは、「強制連行」の用語こそないものの、「民族の受難と抗日独立運動」の項目(七頁)のうち、約一頁を日帝の民族抹殺政策として、朝鮮語の禁止、宮城遥拝、神社参拝(写真付)、皇国臣民の誓詞暗唱、日本式名前への変更(「創氏改名」とはいわない)、強制徴用、徴兵、慰安婦(十二行に及ぶ解説有り)、などを記載している。

 また、二〇〇三年度から始まった「高校・韓国近現代史」の教科書(検定)では、これらはさらに詳しく記載されている。たとえば、日本式の名前に変えなかったら逮捕されたり徴用の優先対象者となったりしたとか、一九三九年から終戦まで、内地や国外に強制的に連れて行かれた朝鮮人は六百五十万名以上と記述し、慰安婦の解説は二十四行に及んでいる(二枚の写真付)。

 実は、私の手元にある一九八八年度の中学国史教科書(国定)には、慰安婦はもちろん、徴用も神社参拝も日本式名前への変更も、まったく記載されていない。日本の歴史教科書の記述変化が、韓国の国史教科書に大きな影響を与えているのである。


 「正論」平成16年4月号   論文



産経Webに掲載されている記事・写真の無断転載を禁じます。
すべての著作権は産経新聞社に帰属します。(産業経済新聞社・産經・サンケイ)
Copyright 2003・2004 The Sankei Shimbun. All rights reserved.

 FUJISANKEI COMMUNICATIONS GROUP Opinion Magazine

susume
pre