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 <知を楽しむ人のためのオピニオン誌・「正論」>




6月号 (113)
佐倉アスリート倶楽部代表
小出義雄


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駆けっこに明け暮れて

“駆けっこ”が大好き、駆けっこができれば幸せという少年だった。なぜそれほどまでに駆けっこにのめり込んでしまったのか。小学生の頃から足にだけは自信があった私だが、中学校で出会った恩師粕谷和夫先生のひとことで、その後の人生が決まったといっても過言ではない。陸上部の顧問だった粕谷先生は、放課後になると私たち部員と一緒に走ってくれ、駆けっこぐらいしか取り柄のない私にこう言葉をかけてくれた。 「とてもいい走り方をしているな。将来はオリンピックを狙えるぞ。おまえならきっと行けるから、頑張れ」

 後年、私自身も教員になってから、「先生のひとことで人生が決まった」と教え子に言われたことがある。指導する者の言葉には一人の人生を変えてしまうほどの力があることを痛感したが、少年時代の私もまた、粕谷先生の言葉が切っ掛けとなって、ますます駆けっこに没入した。千葉県印旛郡の一五〇〇メートルで優勝、県大会で四位、駅伝強豪校で知られる山武農業高校から声をかけられ、入学後はさらに熱中した。高三で主将を任され、「青東駅伝(青森−東京間)」や全国高校駅伝にも出場した。

 もっと走りたい!「箱根駅伝」に憧れたが、当初、大学進学はできなかった。姉三人と妹一人に挟まれた農家の長男、他に跡継ぎはいない。野良仕事をしながらも陸上への思いは募るばかりだった。家出し、一年ほど仕事を転々としたが、“駆けっこの神様”は私を見捨てなかった。縁あって昭和高圧に入社、そこで走り続けているうちに順天堂大学陸上部に受け入れてもらうことになり、一年生から箱根駅伝を走ることができたのである。嬉々として練習に励んだが、正直に言えば、選手としての自分には限界を感じざるを得なかった。しかし、大好きな駆けっこで身を立てる志はそのままだった。そうだ! これからは指導者として駆けっこを続けよう。



人生の楽しさと愛(かな)しさと

神様からの御褒美

 昭和四十年、私は“陸上の指導者になる”という夢を抱きながら教員になった。最初に赴任したのは千葉県の長生高校。以後二十三年間、佐倉高校と市立船橋高校でも陸上を指導し続けた。インターハイ優勝者を育て、全国高校駅伝でも優勝。駆けっこの大好きだった少年は、青年期を経ていつしか中年になっていたが、選手を育てることに熱中して、思い返せば本当に幸せな日々を送っていた。たとえ体調が悪くても選手と一緒に走りたかった。入院先を抜け出して、ランニングシャツとブリーフ姿で学校に駆けつけ指導したこともある。悲壮な覚悟でもなんでもなく駆けっこの神様が私にそうさせていた。熱血の一方で“ずっこけ先生”だっかも知れないが、私は二十三年間、一日も指導を休んだことはない。

 昭和六十三年にリクルートから声をかけられた。今度は実業団の指導者として平成九年に積水化学に移るまで世界選手権やオリンピックに出場できるような選手を育て、全日本実業団女子駅伝も制覇することができた。「駆けっこの神様が感嘆するくらい頑張ろう。結果を選手のせいには絶対せず、自分の努力不足だと思ってさらに頑張ろう」と積み上げてきた日々の御褒美が、Qちゃん(高橋尚子選手)のシドニー五輪金メダルだ。

 幼い頃、祖父からよく「どうせやるなら何でも一番になれ。いいことでも悪いことでも、やるなら一番になれ。なれないのならワルにはなるな」と厳しく教えられた。一番になる! 少年時代の刻印を頑固に追い求めてきたことがQちゃんとの出会いにつながり、世界一を呼び寄せたのだろう。私の駆けっこへの情熱はまだ尽きていない。駆けっこの神様の「まだまだ」という声が聞こえる限り、また私を慕ってついてきてくれる選手がいる限り、さらに走り続けたいと思っている。わが駆けっこ人生は、まだまだこれからである。

◇ ◇ ◇

 こいで・よしお 昭和十四年(一九三九年)千葉県生まれ。昭和四十年順天堂大学体育学部卒。同年千葉県立長生高、四十五年佐倉高を経て五十八年市立船橋高保健体育教諭。六十一年の高校駅伝で十六年ぶりの関東勢優勝を成し遂げる。六十三年リクルートランニングクラブ発足と同時に女子マラソン監督に就任、有森裕子、鈴木博美選手などを育てる。平成九年三月積水化学女子監督に就任。十三年六月佐倉アスリート倶楽部を設立し、十四年十二月に積水を退社後は同倶楽部代表に専念。文部省スポーツ功労者。

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