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 <知を楽しむ人のためのオピニオン誌・「正論」>



=10月号=

 昔、パリのルーブル美術館でたくさんの見物人に囲まれたモナリザの、右隣の絵をしげしげと眺め、その画家の名前をメモしてきたことがあった。若いときは突飛なことを考えるもので、だれひとり一瞥(いちべつ)だにしないであろう隣の絵画に東洋人としていささかの敬意を表したかったのである。

 その絵柄がどんなものであったかは、もう記憶にない。ただ、その後、これは一つの言葉に形を変えてしばらく脳裏に刻まれた。いまをときめくスターのかたわらで実力がありながら霞(かす)んでしまった人などをひそかに「モナリザの隣の絵」と呼んでいた時期があったのだ。

 すっかり忘れていた造語をアテネ五輪で思い出した。柔道女子六三キロ級で谷本歩実が金メダルを獲得したときだ。YAWARAちゃんをモナリザとすれば、彼女はまさしく隣の絵。そのほうがこの女・三四郎には幸いしたとも思う。

  決勝戦のさいごの攻めはすごかった。これからの日本は谷本のような女性に託したほうがよいのではないかと思ったほどだ。勝った直後、古賀稔彦コーチに飛びついた、ああいう率直さと大胆さもモナリザ人間には真似のできないところだ。

  彼女のおかげで「残身(ざんしん)」という柔道用語を知った。残身とは、相手を投げた後の立ち姿をいうそうだ。谷本は残身が美しい選手といわれている(「朝日」八月十八日付朝刊)。講道館に電話して聞いたら、もともとは剣道の言葉とか。うちこんだあとの姿勢が大切なのだ。そういえば、昔の柔道選手は互いにしっかり組んでいたので、投げるほうも投げられるほうも絵になっていた。 七〇キロ級で金メダルを獲得した上野雅恵もそうだが、谷本の練習を支えたのは妹であった。いまや上野も谷本もゴッホのひまわりのように有名になった。ひまわりの隣の絵になった妹たちの将来も見守っていきたい。

(大島)


 「正論」平成16年10月号   編集室で



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