お元気ですか。
エキサイティングな夏でした。アテネで日本勢が大活躍したおかげです。アテネには三百十二人の日本選手が乗り込みました。東京オリンピックはべつとして海外で開催の五輪にこれほど多くの日本選手が参加したのは初めてですし、競技種目も増えましたけれど、それにしても金十六、銀九、胴十二の計三十七個ですからね。これは文句なしにすばらしい。
ちなみに東京(一九六四年)は金十六、銀五、胴八の計二十九個。ミュンヘン(一九七二年)は金十三、銀八、銅八の計二十九個。ロサンゼルス(一九八四年)は金十、銀八、銅十四の計三十二個でした。
アテネの開幕前、JOC(日本オリンピック委員会)は金メダルの獲得目標を十個としていました。なんだ、ずいぶん低く見積もったものだな、というのは内情に疎(うと)い人の結果論でして、金十個というのは夢の目標値でした。前回のシドニーを思い出してください。女子マラソンの高橋尚子選手と柔道四人の他にゴールドメダリストはいなかったのです。
まだ柔道が種目に入っていない頃、オリンピックで日本勢が活躍していたのは水泳、体操、レスリング、それにマラソンでした。アテネでお家芸が復活したのはうれしかった。昔、男子レスリングを率いた八田一朗監督は、選手たちを動物園に連れていってライオンとにらめっこさせて胆力を鍛えたものでした。
八田監督や女子バレーを率いた大松博文監督のような怖い指導者がいなくなったわけじゃありません。女子ソフトボールの宇津木妙子監督やシンクロナイズスイミングの井村雅代監督は男性以上にきびしそうです。宇津木さんや井村さんのような人が上司になったら、コワイでしょうね。おそらくお二人とも心根はやさしいはずです。ただ甘えを許さないから、下は耐え難い。宮づかいの皆さん、少々ノーテンキでもいまの上司で満足することです。
とにかくドラマが各競技にふんだんにありました。感動の場面というのは受け手によって微妙にちがいますが、金メダルをとった日本選手に対してはよほどのへそ曲がりでないかぎり、国民のほとんどが一様に歓びを共有したと思います。競泳女子八百メートル自由形の柴田亜衣選手の金に世間はビックリしました。彼女から人生の教訓となる言葉を学びました。
「あせらず、あわてず、あきらめず」
どちらかといえば、ありふれた凡庸な文句ですけれど、これまで読んできた本、これまで先輩から教えられてきた言葉のどれよりも強烈な印象をうけました。大げさな言い方になるかもしれませんが、これぞ最高の生き方の術と思いました。人間だれしも急ぎたくなるときがあります。そんなときに、あせるな、あわてるな、あきらめるな、と自分に言い聞かせて対処していけば、まずまちがいのない人生を送れるのではないでしょうか。
銀と銅はどうでしょう。こちらは、ちょっと微妙になってきます。手放しで喜べる銀(銅)、惜しい銀(銅)というのがあります。たとえばアーチェリー男子の山本博選手の銀はダイヤモンドに匹敵すると思います。高校教員で四十一歳。ソウル、バルセロナ、アトランタにも出場している。この経歴はまさに驚きです。あのアーチェリーの弓だって結構重そうです。とにかく、これほどの日本人がいること自体、感動そのものじゃありませんか。プロ野球チームの銅にガッカリした人も多いと思います。でも、ここはプラス思考でいきましょう。北京では金を目標にできます。敗者は悔やむことなかれ、ですね。
アテネのようにたくさんのヒーロー、ヒロインが誕生しますと、だれをいちばんに推したらいいのか、迷ってしまいます。私は先陣をきった柔道男子六〇キロ級の野村忠宏がもっとも光り輝いたアスリートだと思っています。アトランタ、シドニー、アテネと柔道五輪史上初の三連覇は見事でした。三大会ということは十二年間です。連続出場を決めること自体たいへんなのに、三回とも優勝ですからすごいですよ。柔道の師でもある父親の基次さんは、「いまだけ勝てる柔道をしていては駄目だ」といって基本的な技を徹底的に身につけさせたそうです。野村選手は二十九歳。北京を狙うにはきびしい年齢ですが、そこを克服して日本人の根性を四たびみせてほしいものです。
二番手は柔道女子四八キロ級の谷亮子選手じゃないでしょうか。女子で二連覇ですから異論はないと思います。勤め先であるトヨタ自動車のバックアップも半端じゃなかったようですね。アテネでYAWARAちゃんの練習相手をつとめたのは同じトヨタ柔道部員の原久美子さん。でも、原さんひとりじゃなかった。朝日新聞にこんな記事が載っていました(八月十五日付朝刊)。
「彼女が必要だと言うものにはすべて応えるのがトヨタの方針」と、アテネ入りしているトヨタ人事部の福島豊さん(42)は言う。
練習相手もそのひとつだ。いろいろな組み手練習が必要だとして、練習相手は原さん以外に大学生4人。5人は、五輪で10倍近くに高騰した1人1泊約18万円のホテルに滞在する。往復の航空運賃も含めて約1千万円はかかる計算だ。
ほかに必要だと谷が言ったのは、応援だった。福島さんは「最後まで応援と 一体となって戦いたいというのが、亮子ちゃんの要望だった」と話す。
トヨタは350人分のチケットを購入した。約150人は日本からの応援。残りはアテネ在住の日本人に配った。はっぴとタオル、メガホン、小旗の4点セットを350人分そろえた。色は谷が選んだピンクだった。
さすが世界のトヨタですね。過保護だというなかれ。谷選手の金メダル獲得で日本中がどれだけ沸いたことか。柔道の野村選手が所属するミキハウスはその代表格ですが、アテネのゴールドラッシュは各企業の支援があってはじめて達成されたのです。官の中国、民の日本といったところでしょう。
柔道一〇〇キロ級の井上康生選手の敗退に日本中がガクゼンとしました。井上選手は日本チームの主将でした。国を背負うオリンピック選手の重圧を二倍も三倍も感じていたのでしょう。試合が終わったあとも、主将のつとめとして各競技場をまわって応援する井上選手にすがすがしさを感じました。
競泳の北島康介選手、女子マラソンの野口みずき選手をはじめ金、銀、銅のメダリストの皆さんの勇姿が目に浮かんできます。そこにいたるまでにどんな努力と苦労があったのか。そちらのほうがもっとドラマチックなのでしょう。
「正論」編集長 大島信三
| 「正論」平成16年10月号 |
編集長メッセージ
|