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 <知を楽しむ人のためのオピニオン誌・「正論」>




10月号 (117)
皇學館大学教授
新田 均


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赤い夕日に照らされて…

 信州の木曾福島町で、営林署に勤める父隆信と、実家の精肉店を手伝っていた母繁子の長男として生まれた。♪ここは御国を何百里 はなれて遠き……子守のおばさんがよく歌っていた「戦友」がいまも耳朶に残っている。赤い夕日に照らされた満州の広野に立つ日本兵の墓標。ひょっとしたらそんなイメージが幼い私の情感に染みこんで、いまの思想の基底をなしているのかもしれない。

 負けず嫌いな少年だった。父の転勤で信州各地を転々としたが、保育園の頃、地元の子供たちのいじめに対し、もう一人の転入生と組んでケンカをした。大勢に勝って一目置かれるようになったが、多勢に無勢で立ち向かうという、その後私の生き方となった原型がこの頃の体験にあったように思う。また、いまからはなぜと思うほかないが、中学時代の私はソ連に憧れていた。「一番好きな国は?」と教師に聞かれ、「ソ連。スポーツ選手が優遇されているから」と答えたのを覚えている。皇室に対しても鼻で笑うようなところがあった。勉強にもスポーツにも励んで成績も良かったが、意欲が空回りして、友達との摩擦に悩むこともあった。決して左翼少年ではなかったが、どこか背伸びして気取っていたのだろう。

 そんな頃、たまたま終戦直後の昭和天皇とマッカーサーの会見の話を聞く機会があった。次いで木下道雄の『皇室と国民』という冊子を勧められ読んだことが重なって、それを切っ掛けに国や皇室に対する考え方が大きく変わった。尊崇すべきものがわが国の歴史にはある。心のなかで自然と頭(こうべ)がたれた。

 だが自分が素直に感動した昭和天皇の話を友達に伝えようとしたところ、「あいつは危険だから相手にするな」と生徒に言い触らす教師が現れた。本当に驚いた。これが初めて戦後教育のおかしさを意識した経験だったが、後年、日教組の「反日」と正面から戦うことになるとは思ってもみなかった。



知に対して謙虚であること

 高校の三年間は野球漬けだった。三年夏の大会結果は一回戦敗退。あれほど努力し耐えたのに何とあっけない…。「負けて悔しい」という思いは人生で何度か味わうものだが、このときほどそれを痛切に噛み締めたことはなかった。その後はまさに「悔しさをバネ」に青春を駆け抜けた。ろくに勉強しなかった高校時代だが、なぜか吉川英治の『宮本武蔵』と司馬遼太郎の『竜馬がゆく』だけは繰り返し読んでいた。若者が漠として求める青春像がそこにあったからだろうか。

 一年間の浪人をへて早稲田大学政経学部に入学。当時早大文系サークルの部室は建物の地下にあり、六号館は民族派系、八号館は民青系、その他は革マル派系と“縄張り”が決まっていた。日本の伝統や文化に関心を持つようになっていた私は六号館地下の「国史研究会」に入った。小林秀雄の講演を聴き、田久保忠衛氏や俵孝太郎氏を学内に招いての講演会企画に携わり、学内の友好サークルが集った「文化会議」が発行を始めた『早稲田学生新聞』第一号の編集を担当したりと、すっかり保守派の学生になっていた。

 卒業後は何か国のために役立つ仕事をしたいと考えたが、何をすべきかが皆目分からない。もっと勉強しなくてはダメだと思い、当時堂々と憲法改正を主張されていた小林昭三先生のゼミの門をたたいた。「国家と宗教、近代日本の政教関係」を研究課題に選び、ひたすら図書館にこもって勉強する日々。悩んだ末に学者になろうと決めた私は、「限られた一生で、本当に何か確かな認識を手に入れられるだろうか」という不安を胸に抱いたまま、その後の人生を歩んでいる。縁あって伊勢神宮のお膝下の皇學館大学に教職を得、若い学生を指導するようになったが、この不安、思いはいまも胸奥に深い。いつの間にか学者として論壇で干戈を交えるようになった私だが、「知に対する謙虚さ」と、「己が日本人であるという自覚」だけは失うまいと戒めている。

◇ ◇ ◇

 にった・ひとし 昭和三十三年(一九五八年)長野県生まれ。昭和五十七年早稲田大学政治経済学部卒。同大学院政治学研究科博士後期課程修了。昭和六十三年皇學館大学神道研究所助手、平成五年同大学講師、十年助教授、十六年四月教授に就任。博士(神道学)。平成十年「比較憲法学会・田上穣治賞」受賞。著書に『先生、もっと勉強しなさい』(国書刊行会)、『「現人神」「国家神道」という幻想』(PHP研究所)、『日本を貶める人々』(共著、同)など。

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