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[解説]この聴聞会が日本で広く知られるようになったのは、間違いなくこの一節によるだろう。
「原料の供給を断ち切られたら、一千万人から一千二百万人の失業者が日本で発生するだろうことを彼らは恐れた。したがって、日本が戦争に駆り立てられた動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのだ」
いわゆる自衛戦争証言である。
重要性を考えるにあたり、二つの極東情勢をふり返る必要がある。「戦前の日本」と「戦後のマッカーサー元帥」である。
戦前の日本、とりわけ明治維新によって近代国家となった日本にとって、帝政ロシアと旧ソ連の一貫した南下政策は大きな脅威だった。
朝鮮半島が敵対国の支配下に入れば、日本攻撃の格好の基地となる。後背地がない島国日本は防衛が難しいと考えられていた。日露両国間に独立した近代国家があれば脅威は和らぐ。しかし李王朝は清朝に従属していた。その摩擦で日清戦争が勃発。清朝が退き空白が生じるとロシアが台頭、日露戦争となった。どちらも舞台は朝鮮と満州である。
西欧列強もまた、大きな脅威だった。当時の日本を小説にして世界へ伝えたフランス海軍士官、ピエール・ロティは、外国艦船が頻繁に出入りする長崎、横浜港の様子を書き残している。アフリカ、インドを経て太平洋まで到達した英仏などの艦船が近隣国を攻撃し、矛先がいつ日本に向くのか分からない、緊張の時代だった。
一方で、米国は、日本が韓国を併合したようにハワイ王国を併合し、こちらは現住民族を滅ぼした。日本列島の太平洋側に米国が封鎖陣形がはられた。
この経緯を作家の林房雄は「一世紀つづいた一つの長い戦争」と表現する。幕末の薩英戦争・馬関戦争で徳川二百年の平和が破られたとき「一つの長い戦争」が始まり、昭和二十年八月十五日にやっと終止符が打たれた。この百年の間、日本は欧米列強に抗するため、避けることのできない連続する一つの戦争「東亜百年戦争」を強いられたという。
しかし、こうした主張を戦後許さなかったのは、ほかならぬマッカーサー元帥だった。「日本は列強に伍して自国を守ろうとした」という主張は封じられた。GHQ(連合国軍総司令部)最高司令官として占領統治を成功させるには、日本の過去を完全に否定しなければならなかったからである。
ときはくだり一九五〇(昭和二十五)年。マ元帥が常に口にした共産主義への懸念>は、朝鮮戦争で現実のものとなった。ワシントンは中国参戦後、日本を「防共の砦」とし、朝鮮半島を明け渡す可能性も示唆してきた。
マ元帥は、朝鮮半島は日本に絶えず突きつけられた凶器となりかねない位置にあるため、朝鮮防衛を考えた。さらに、ソ連製のミグ戦闘機が飛来すると、兵站部だった満州爆撃の許可を本国に求めた。
朝鮮と満州の敵勢力を掃討して日本を防衛する。マ元帥のこの行動は、日本が戦前、独立を保つためにとった行動そのものだった。朝鮮の地に自ら降り立ち、大陸からの中ソの脅威に直接立ち向かってはじめて、極東における日本の地政学的位置を痛感し、戦前の日本がおかれた立場を理解したのである。
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この証言に至る下りで、マ元帥は「日本人は・・・労働の尊厳のようなものを完全に知った」と証言した。士官学校卒業後、初の東洋だった長崎で「疲れを知らないような日本の婦人たちが、背中に赤ん坊をくくりつけ、手で石炭カゴを次から次へと驚くべき速さで渡す」のをみて驚嘆したという。こんな体験も日本観形成の要因だったかもしれない。
セキュリティ(security、安全、安心、安全保障)は「現在ではもっぱら国家安全保障national securityの意味で使われる」(平凡社世界大百科事典)の記述により、安全保障と訳した。
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▽訳者へ=東京都杉並区の中島規子さん(55歳)から。
「自衛戦争証言」で知られるこの聴聞会を友人から聞いて、原文をみたいと思っていました。どこで入手できるのでしょう。
▼訳者から=一九五一年当時の原文(英語)をインターネットに掲示しました。産経新聞ホームページ(http://www.sankei.co.jp)画面左側にある雑誌「正論」コーナーからお入りください。本誌訳はこれを基礎としながら、七三年公開の機密部分を盛り込んでいます。機密部分はマイクロフィルムの文字が不鮮明なので、判読容易な文書を入手し次第、追加します。米国立公文書館に照会中です。
▽訳者へ= 三重県津市の田上義隆さん(自営業・42歳)から。
中国本土の共産勢力を容認すれば大変なことになるとマ元帥は認知していたのに、トルーマン大統領の判断で中国爆撃を許可されず、中国軍の渡河を許し、戦略的撤退を余儀なくされた。
マ元帥は「最大の政治的過ちは共産勢力を中国で増大させたこと」と述べ、「次の百年間に代償を払わねばならぬだろう」と証言しその通りになった。あのとき手心を加えたせいで、共産主義の収容所国家(北朝鮮)と巨大な核保有国(中国)が生まれた。ベトナム、東欧、その他の悲劇もなかったかもしれない。
「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会」(日本国憲法)は、朝鮮戦争で、共産主義を除去せず放置したのである。安易な平和主義が平和を遠ざけたのがこの半世紀の歴史だったことを忘れてはなるまい。
▼訳者から=現在、六カ国協議の関係国は証言に登場する国ばかりですね。当時の証言を念頭に置きながら協議の推移を見守りたいと思います。
▽訳者へ= 桜美林大学の竹本徹教授(国際関係論)から。
聴聞会のチェアマン(chairman、議長、委員長、社長、司会)は、軍事委員会の長なので、議長ではなく委員長と訳すのが一般的かと思います。委員長は複数いますが、上院議長(President of the Senate)は一人です。ちなみに上院議長は副大統領も兼任します。
▼訳者から=ありがとうございます。『マッカーサーの時代』(マイケル・シャラー著、豊島哲訳)などを参考にしました。委員長が会議の議長役を務めたという理解です。上院議長との区別は、今後解説などで書き添えたいと思います。
竹本教授に、上院の役割について伺いました。聴聞会では「上院議員と下院議員」のことを「連邦議会議員と上院議員」(Congressmen and Senators)とする表現がよく登場します。congressmenは下院議員をさしますが、厳密には「連邦議会議員」です。 なぜ、あえて上院議員を分けるのでしょう。
竹本教授の話では、上院は、国家のように機能する「州」を代表するため、米国民にとって「別格」だという意識が強いそうです。「英国に対抗して、国に相当する州が集まってできたのが合衆国です。だから、実質は、連邦政府より州政府の方が重みがありました。例えば、連邦政府は二十世紀初頭に所得税を導入するまで、関税収入、つまり貿易収入だけで国を運営していたほどなんですよ。一般国民から人口比例で選ぶ下院より上院が強いのは、州代表を重んじるためです。国防、条約の批准など、国家の命運を決するのは常に上院です」
竹本教授によると、英国の貴族院や日本の参議院など各国の趨勢に反して、米国では、上院の力はますます強くなっている傾向にあるといいます。任期は六年(下院は二年)で計百人。二年ごとに三分の一ずつ改選されます。二〇〇二年の前回選挙は九・一一以降初めての国政レベルの選挙で、ブッシュ政権の共和党が改選34のうち20を占め、勢力分野は共和党49(改選20)、民主党50(14)、無所属1となりました。
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