ソ連国境要塞地帯を行く

 昭和十六(一九四一)年夏、日本軍はヨーロッパ戦線で同盟国ドイツが対ソ開戦に踏み切ったのに呼応し、一気に北進してソ連軍の背後を衝く構えを見せた。いわゆる「関特演」(関東軍特種演習)がそれで、兵員五十万、馬十五万頭、多大の軍需物資がひそかに内地から満州へ送り込まれ、新京(しんきょう)(現・長春(ちょうしゅん))に司令部を置く関東軍(梅津美治郎大将)はそれまで三十五万の兵力が八十万余に膨れ上がった。

 「正論」平成17年1月号   フォトギャラリー 特別企画