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 <知を楽しむ人のためのオピニオン誌・「正論」>



2月号



小野田寛郎氏の正論に感謝

元地方公務員・黒瀬宝清(富山県大山町・79歳)

 小野田さんは厳しい運命を乗り越えて、正道を真っ直ぐ歩いて来られた希有な人である。三十年間の密林生活もさることながら、帰還後の生活と活動も容易に他人の真似の出来ない実践的求道者のようなお方である。この方の言う事に嘘や偽りは微塵もないのは誰しも疑わないと思う。一月号の「私が見た『従軍慰安婦』の正体」は慰安婦の正体を天日の下に晒したもので、今こそ、敗戦の亡霊・自虐史観に惑され、真実は何かを知らない亡者諸氏は目を覚ましてほしいと思う。

 先日ソウルで三千人の売春婦らしい女が、韓国政府の取り締まりに反抗して、座り込みデモをする姿がテレビに写っていた。豊かになった今の韓国でも大勢の売春婦がいるのである。自ら身を落とした者、近親者から人身売買された者などいろいろだろうと思う。貧しかった戦前は、なおさら多くの売春婦が出たことは想像に難くない。彼女達はそれぞれの理由で売春婦になり、広く各地で身をひさいでいたのである。他人が強制したものではない。

 ひそかに漏れてくる話には、朝鮮半島においての売春婦を斡旋する商人の中には、悪辣なことをした朝鮮人が居たという。それは日系日本人の知らない世界のことであった筈だ。戦前の花柳界の実態を知っている者は年々減少している。日本人の周旋人の実態については、宮尾登美子氏の小説『櫂』に詳細に出ている。間違ったイメージを喧伝し日本を悪しざまに貶す、心ない人々に覚醒を促すために、小野田氏の発表は貴重な記述で感謝したい。

少女のさもしい顔
主婦・長谷川みゆき(富山県黒部市・43歳)

 衣類量販店で援助交際カップルを見かけたことがある。何故、援助交際だと思ったのか?

 女は制服こそ着ていなかったが、はちきれんばかりの瑞々しい肌に濃いメークを施し、子供特有の棒きれのような細い腰にミニスカートをまとっていた。十代半ばの少女であることはすぐにわかった。

 レジに並ぶ私のすぐ前に少女はいた。カゴの中に、薄いヒラヒラした真っ赤なブラジャーと対のショーツだけを入れて。彼女の番が来て、レジ係の女性が計算を始めると、そばにいた中肉中背の男がウエットティッシュを置き、「これも」と言うと、下着と一緒にお金を支払った。男は四十代と思われた。年相応の出っ張ったお腹を隠すように、無難な紺色のブレザーを着ていたが、実の父子でこのシチュエーションはあり得ない、と直感した。

 私をあきれさせ、さらに不快にさせたのは、安物の赤い下着を手に入れた少女のたまらなく嬉しそうな表情だった。狙っていたオモチャをようやく手に入れた幼児のごとく全身から笑みをこぼす様は、間違っても寂しい人間のものではなく、狂った金銭感覚から性を商品化することを覚えてしまった、さもしい顔に過ぎなかった。

「少女たちの心の闇」などという紋切り型の言葉を耳にするたび、あの日の少女を思い出す。「心の闇」という抽象的なことを考えるのももちろん必要だが、彼女らの物欲に耐える自制心や忍耐力の欠如を、より問題視していくべきではないかと思っている。

正面装備の削減は慎重に
大分市・佐藤一朗(元会社員・67歳)

 本誌十二月号に中国特集が組まれていたが、皮肉にも購入して読んでいる最中に、中国海軍の原潜によるわが国の領海侵犯事件が起きた。この事件の報道を知った時、私は「防衛懇」の報告書を思い出した。報告書には「正面装備」の削減が盛り込まれていたので、私なりに疑問を感じていたからだ。

 わが国の安全保障や防衛力に不安を感じているのに、戦闘機や対潜哨戒機を削減するなんて、「防衛懇」の皆さんは何を考えているのだろうか。稲垣武氏の「マスコミ照魔鏡」第一〇二回にもあったように、ソ連(ロシア)軍の侵攻は薄れたが、あらたに中国の侵攻を警戒しなければならない。

 チベット、西沙諸島、南沙諸島等武力侵攻、さらに、尖閣諸島の領有宣言と上陸問題、あるいは台湾の中国領宣言など、中華思想による拡張主義は警戒しなければならないのだ。日本の過去や靖国神社参拝問題で批判しながら、大国主義と拡張主義によって近隣諸国へ侵犯していることに目を向けなければならない。

 防衛懇の皆さんは信頼のおける方だろうか。日本の現状を把握していないのではないだろうか。正面装備の削減はくれぐれも慎重にしてもらいたい。

俺たちは何だったのか
元教員・野田雅之(岐阜市・82歳)

「いざ撃たん 御國のためぞ 高機砲」。二十一歳、陸軍高射学校卒業の際の愚作です。

 今さらのように思いだされます。千葉の高射学校の校庭から見つめた、あのいまわしい東京大空襲。敵機の落とした焼夷弾で街に赤い炎が広がる上、我が軍の照空燈に捉えられた大きな敵爆撃機、それに向かって上下左右に反転して突っかかっていく虻か蜂のように見えるわが戦闘機の姿が漆黒の闇に消え、また照空燈の光の中に入ったときは銀色にキラキラ光るさまを、グッと拳を握って見つめるだけのもどかしかったこと。

 また、浜松では敵の艦載機が百メートル位前からこちらに向かって撃つ砲弾が地面に突き刺さって、一直線に土煙を上げて迫ってくる前で、死ぬことなど意中になくそれこそ無の境地で立ち向かったことなど。

 平成十五年と十六年、全国戦没者慰霊祭で小泉首相はこう言いました。「先の大戦で、心ならずも戦陣に斃れ……」。同窓会でこの話をすると、間髪をいれず「俺たちは何だったのだ!」と海軍で戦争に参加した一人が怒って叫びました。

 そうです。我々は「心ならずも」戦地に赴いたのでも「心ならずも」国のために死んだのでもない(と、靖国の神は言うでしょう)。そんな気持ちで小泉首相は靖国神社に参拝していたのか? それで分かった、八月十五日に参拝すると言って変更したり、正月に初詣に行って俺は参拝したのだと。靖国を政治の手段に弄んでいるのではないか。

 「正論」平成17年2月号   論文



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