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 <知を楽しむ人のためのオピニオン誌・「正論」>



8月号



国家における理念と現実 元拓殖大学教授・石沢芳次郎(横浜市・89歳)

 先進国と途上国とを問わず、どの国にも、国としての高い理念を重視する人々と、着実に日々の現実を大切にする人々がいる。そして多くの場合、この理念派と現実派の綱引きが、その国の運命を左右するものである。

 EU大統領や外相を創設してEUとしての外交・安保政策を強化しようとするEU憲法案を国民投票で拒否したフランスでは、オランダと同様に、グローバル化による自由競争の激化がもたらす雇用不安などを懸念した現実派が、「国境なき欧州」を目指して欧州統合を推進しようとする理念派に勝った。

 アメリカの大統領選挙では、社会の健全性を保持するためには、伝統的な宗教的倫理の復権をはかるべきだとする理念派(ブッシュ陣営)が、個人の自由選択による理性的な対応を拡大し、同性婚や妊娠中絶を許すべきだとする現実派(ケリー陣営)に勝った。

 問題は、理念が現実に勝つにせよ、逆に現実が理念に勝つにせよ、理念と現実の歩み寄りを時間をかけて作り上げていく粘り腰がその国にあるかどうかだ。つまり、その国に理念派と現実派の合意をもたらす良識があるかどうかだ。米仏両国はともにこの良識を持っており、現実を理念に近づけて、より良い国家を形成していくであろう。

 翻って今日の日本をみると、現実派は多数いるが、理念派はきわめて少なく、問題以前の状態であり、心から憂慮せざるをえない。その国の歴史と伝統に根差した理念ないし使命がないかぎり、品格のある国家としての発展は期待できないことを知るべきである。

放送の品質を落とす「借用語」  翻訳業・吉田美都子(札幌市・29歳)

 プロ野球の放送で勝敗の勝ち越しを「貯金」、負け越しを「借金」等と伝えていますが、これを放送業界内部では「気の利いた分かりやすい表現」とでも定めたのでしょうか。聞いている顧客としての立場からすると「放送の品質を落とす幼稚な言い回し」としか評価できません。

 同じように「不透明」「温度差」「金属疲労」「液状化」などを本来の意味を知っているのか安易に借用して、状況を伝えた気になってしまっていることについても同じことが言えます。すべて不勉強による適宜の正しい日本語の語彙不足であると指摘できると思います。

 また連日の「東証株価指数・トピックス」が耳障りですが、これ等は「馬から落馬」「一番最初」のような重語の類です。また敬語の初歩的な誤用は最も指摘されることが多いところですが、「ニュースはAさんに伝えていただきます」「いまBさんもおっしゃいましたように」等、職場内部の会話とカメラの向こうのお客様に伝える言葉との区別が付いていません。

 このようなことは、例えて言えば製造業で検査の工程を経ずに工場から出荷された欠陥品が市場に流通してしまっている姿と何も変わりません。若い担当者の責任にするのではなく、放送業界全体が「商品」の品質管理の手順をしっかり作って実行すべきだと思います。

靖国批判は中国政府の都合 元技術者・青木 誠(徳島県吉野川市・68歳)

 七年ぶりに訪中し、瀋陽で「愛国教育基地」と銘打ち、柳条湖事件勃発日から命名した「九・一八記念館」を見た。文化大革命中から技術援助で訪中し、中国各地で見てきたものと同じ中国共産党の宣伝資料館だが、以前とだいぶ違う。

 以前は、地主、資本家、国民党軍、日本軍による塗炭の苦しみから中国人民を共産軍が救い出す筋書きだったが、今は日本軍だけを悪者に仕立て誇張している。それは、今の中国には多くの資産家が生まれ、共産党幹部もその恩恵に浴しているし、台湾国民党をも抱き込もうとする事情による。

 また、日本の「新しい歴史教科書をつくる会」や首相の靖国参拝などを日本の軍国主義の台頭と断じ、警戒心を煽っている。これを暗雲の発生とし、やがて中国に襲い来ると、記念館の建物入り口に、黒雲を模して不気味にたなびかせている。  展示内容は共産党独裁政権の正当性誇示と、収入格差による人々の不満の矛先を政府から逸らすためだ。我が国首相の靖国参拝は中国人民の心を逆なですると言うのは詭弁で、こういう展示を正当化しているだけで、宣伝に慣れた賢い中国の人々はまともには信じていない様子だ。

 ところが、我が国の政治家や識者の中にはこうした宣伝を真面目に信じ、したり顔で靖国参拝を批判している者がいるが、中国政府はほくそ笑んでいるだろう。何故に国論を二分してまで中国政府におもねるのか不可解だ。

戦時中の朝鮮の人々 元NTT社員・高野 昇(茨城県水戸市・72歳)

 私がまだ小学校に上がったばかりの頃だと思うが、当時私の住んでいた茨城の片田舎の村にも朝鮮人の家族が移り住んでいた。屈強な主人は農作業の手伝いや荷車引きの仕事、妻は覚束ない日本語で「ポロ(ボロ切れのこと)有りませんか?」と各戸を回って暮らしを立てていた。

 長男のインウヘエ(尹宇柄?)君は小学校高等科に在籍していたが習字が上手だった。隣町の地方銀行に勤めていた私の父は書道をよくし、中央展も含め各種展覧会に出品しては賞を取るなどそれなりの実力者だった。

 尹君は父のもとで習字を習った。あるとき、中央展に応募した尹君の作品が入選した。指導した父は我がことのように大喜びして、幼い私ともども、尹君を案内して上野の美術館に展覧会を見に行ったものだった。帰り道に、尹君は餅菓子を買って「これを昇(私の名前)に」と、父に渡した。子供の知恵とは考えられないので、きっと親から言われて来たものと思う。私はといえば、自分の名を呼び捨てにされたことで、彼が日本語に堪能でないことも忘れ、子供心に腹を立てたことを覚えている。

 確かにその頃に朝鮮から出稼ぎに来ていた人達は、好い仕事にもありつけず、暮らしも貧しかったようで、差別の対象になりやすかったことは間違いない。父はそうした世間一般の風潮とはよそに彼らと付き合っていたため、彼ら一家から尊敬の念で見られていた。彼らの仲間も父のことを「先生、先生」と呼び交わしていたのを覚えている。

 かつて、「日本は朝鮮に好いこともした」と発言して大臣の椅子を棒に振った政治家がいた。しかし、当時の市井ではこうした人間の触れ合いが有ったことも忘れてはならないように思う。

「性」を証明するもの? 元会社員・堀田 勲(東京都国立市・66歳)

 私は初めて一週間入院した。退院後、入院特約のついた簡易保険に入っていることを思い出して郵便局に申請に行った。窓口の女性事務員から、三日間の入院保険金が支払われる旨告げられた。そのあと「あなたの性を証明するものがありますか」と来た。

「おれは男だ、顔見りゃわかるだろう」と言いたいところだが、真顔で聞くので、「自動車免許証なら持っている」と言うと免許証は性別の証明にならないと言う。「いったい何を提示したら証明になるのか」と聞くと、国民年金手帳、健康保険証、パスポートなどで、しかも平成十六年七月十五日以前に発行されたものを提示してくれと言う。

 家に帰れば健康保険証があるが、それ以降の発行だ。期限切れのパスポートでもいいと言う。「医者の証明書、領収書や郵便局自ら発行した保険証書にも生年月日、性別の記載があるではないか」というと、それでもだめだという。思案していると、「じゃあ、印鑑を押してこの書類を出してください」という。書類を見ると「保険料算定性別に関する確認書」と書いてある。要は私は過去も今もずうっと「男」だということを印鑑を押して宣誓しろということらしい。

 あまりのバカバカしさにあきれはて、「もういい」といって帰ってきてしまった。目的はいったい何なのか。世の常識と違うことだけは確かだ。

 「正論」平成17年8月号   論文



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