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 <知を楽しむ人のためのオピニオン誌・「正論」>



今月のメッセージ(第109回)(平成17年10月1日)

お元気ですか。

 唐突に食べものの話で恐縮ですが、ふいに天丼が食べたい、ラーメンが食べたいと、なにかを食べたくなるときが、年に一回、あるいは二年に一回くらいは、だれにもあると思います。リッチな人はひと月に一回、もっと金持ちは一週間に一回くらい、そんな気持ちになるのではないでしょうか。こちらは分相応の年一回といったところですが、きょう昼前がそうでした。

 「クジラ」

 いつか、どこかで書いたかもしれませんが、とにかくクジラです。

 山奥で育ちましたが、海の魚はちゃんと食卓に並びました。クジラをよく食べました。お皿いっぱいに盛られたサキイカが大好物でした。ホッケを猫またぎというそうですが、とんでもない話で大好物でした。ニシンもたんと食べたし、サメも好きでした。けれども、このなかからひとつ選ぶなら、きょうはやはりクジラですね。

 コリコリした、薄っぺらで、紅がついた、あ、そうそう、クジラベーコン、あれをしょっちゅう食べていました。それが、ある日、神隠しにあったように姿を消してしまいました。実際には、クジラを守る勢力が強くなって、徐々に消えて いったのでしょうが、あっという間になくなった感じでした。

 いまなお捕鯨は禁じられていますが、クジラを食べることはできます。

 ご存じのように渋谷には、クジラ料理専門店があります。JR渋谷駅から歩いて五、六分。店の名は「元祖 くじら屋」。創業が昭和二十五年の老舗ですから、ここでクジラをさかなに一杯たのしんだ人は少なくないでしょう。

 うまいぐあいに東急本店横のBunkamuraザ・ミュージアムで開催中の「ギュスターブ・モロー展」をみたいと思っていました。善は急げ、というじゃありませんか。昼時、まよわず大手町から東京メトロの半蔵門線に乗りました。

 渋谷駅で降りて、忠犬ハチ公を背にして文化村通りを歩きました。「元祖 くじら屋」は右手にあるはずです。

 たしかに、ありました。ありましたけれど、昔の大衆食堂的なくじら屋ではありませんでした。いっきょに高級店に変身していました。一年前に改装したとのこと。

 「オーナーが代わったのですか」

 「いいえ」

 「どうして?」

 「考えるところがございまして」

 創業から五十有余年目の大決断であったのでしょう。店内にはクラシックが流れ、室内の装飾も見違えるほどです。あのくじら屋とは雰囲気がまったくちがいます。

 メニューに、「南氷洋での調査捕鯨で捕獲されたミンク鯨を、まるごと一頭使い、頭から尻尾まで、鯨料理一筋の料理長が吟味した一品をお出ししております」とありました。そうか、調査捕鯨というのがあったのですね。

 クジラは無駄なところがないそうです。ポリネシアのどこの集落でしたか、総出でクジラを捕まえ、均等に肉を分けているのをテレビでみたことがあります。集落の住民にとって、クジラはまさに天の恵みそのもの、といった感じでした。牛とクジラ、欧米人によるあの待遇の差は一体、なんなのでしょうか。

 ランチのお値段はこうでした。鯨からあげ定食千二百五十円(税込み千三百十三円)、鯨ステーキ定食千四百六十円(税込み千五百三十三円)、鯨刺身定食千六百円(税込み千六百八十円)。サラリーマンには、ちょっと高めの昼飯代、ですね。

 店内にはおばさま族がなごやかに談笑していました。

 「ギュスターブ・モロー展」、よかったですよ。幻想的で、官能的で、神秘的な、ドキドキするような作品です。

 島根県立美術館(三月十九日〜五月二十二日)、兵庫県立美術館(六月七日〜七月三十一日)を回ってBunkamuraザ・ミュージアム(八月九日〜十月二十三日)でお仕舞いとなります。最終日にあたふたと駆けつけるのが、くせのような人がいます。どうしても観ておこうという意欲はいいのですが、美術鑑賞のクロウトとはいえませんね。

 モローは一八二六年にパリで生まれ、パリで育ち、一八九八年にパリで亡くなりました。長年、付き合っていた女性はいましたが、生涯、独身でした。

 あの画風から連想されるのは、空想家モローというイメージです。しかし、画家の実像はリアリストの側面が強く、とても几帳面な性格だったというのは意外ですね。パリのこの画家の住まいは現在、モロー美術館となっています。生前、画家はすでに自分の美術館にするべく準備していました。

 モローはサロメの創作に情熱を傾けました。今回の展覧会の圧巻は、やはりサロメをテーマにした絵画とその習作です。

 「サロメ」

 名前からして謎めいて、神秘的ですね。古今東西、この若い女性に作家や画家たちが創作意欲をかきたてられてきたのは周知の通りです。聖書に出てくる話ですが、肝心のサロメという名前は聖書にはないのです。

 聖書から後世の人たちは想像をたくましくし、物語をつくってきました。聖母マリアと同じパターンですね。物語ですから、定説などありません。私流を若干まじえたサロメ物語ですが、かんたんに書いてみます。

 まだイエス・キリストが健在のころの物語です。時の権力者であるヘロデ王は、イエスに洗礼をほどこしたヨハネを捕まえて牢獄に閉じ込めました。

 なぜ投獄したかといえば、洗礼者ヨハネは王と王妃ヘロディアとの結婚を非難したからです。王の誕生日の饗宴でヘロディアの娘、サロメは踊り、王を喜ばせます。

 「なんでも好きなものをあげよう」と王がいったとき、王妃は娘をそそのかし、こういわせます。「ヨハネの首がほしいのです」と。王はどきっとしますが、みんなの前で約束したことなので、斬首を命じます。

 ヨハネは処刑され、お盆にのせられた生首が饗宴の場に運ばれてきます。

 物語はこのくらいにしておきますが、モローのサロメはとても官能的に描かれています。年老いたヘロデの前でサロメは挑発的な踊りを披露したという物語があり、モローはそれに従ったのです。

 そのサロメを描くためにモローはモデルを使っていました。幻想的でありながら、リアリティで迫るモロー作品の不思議な魅力。その秘密がこの展覧会ですこしわかったような気がしました。



「正論」編集長 大島信三

 「正論」平成17年11月号 編集長メッセージ



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