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 <知を楽しむ人のためのオピニオン誌・「正論」>



12月号



もっと自信を持とう
元商社員・柳沢国広(さいたま市・67歳)

 最近、奇妙な悲観論が横行している。

 特に総選挙での自民党の圧勝に関連して、独裁政治や全体主義への第一歩になる恐れがあるとか、小泉首相は日本の国体形成や護持に関心がないとか言われている。憲法改正論議を含めて、言論の自由や結社の自由を制限しようとの動きがない限り、独裁政治や全体主義とは無縁でしょう。仮に総選挙で自民党単独で、三分の二を超える議席を占めても、自由と民主主義を守る体制が保証されていれば何も心配いらないと思う。

 私は中国と四十年以上も交流しているが、中国では憲法はじめ法令で共産党や政府への反対が禁じられており、文化芸術や宗教まで全ての社会活動は共産党が指導すると規定されている。人口の五%の党員が全人口を支配しているとも言える。にもかかわらず市場経済化に伴いじわじわと言論の自由が生まれつつあるのも事実。幹部党員でも個人的な話し合いでは、早晩「自由と民主」の時代になるだろうと言う。

 日本の国体について言えば、戦前の状況は明らかに行きすぎだった。自尊心が弱すぎる現在の日本は確かに問題だが、強すぎるのも問題と思う。政府の今春の世論調査によれば、日本人として誇りに思うものは科学技術や経済力ではなく、日本の良き伝統文化や風俗習慣が約四〇%で第一位だったとの事、また八月十五日の靖国参拝者は昨年より六〇%以上も増加し、二十万人を超えたとの事、六十年前の敗戦によるトラウマから脱却し、日本は確実に変わりつつある。もっと自信を持つべきだと思う。私は遠近に関係なく神社仏閣廻りが大好きだが、ほとんどが立派に修繕・改築されている。多くの国民が物心両面で護持しようとの行為による事が証明されている。

死んだら楽なのか?
主婦・安藤一恵(愛知県江南市・40歳)

 米・同時多発テロの死者数が三千人余りだったのに対して、我が国の年間自殺者数はざっとその十倍である。しかも七年連続して自殺者数が三万人を超えたという。この異常な状態をそのまま放置すると、わが江南市に自殺者が集中した場合、三年以内に無人の街と化してしまう。これはすでに個人の枠を超え、行政の問題になりつつあることを示している。

 さて、ここからは本音の話である。

 家族など当事者ではない限り、自殺は個人の選択によって行われるのだから、「死ぬほど辛かったのだろう」と深く同情しても、「仕方ない」で済ましていないだろうか? 子供の成績には一喜一憂して、なんとか成績を上げようと塾へ行かせたりして真剣に対処するが、こと自殺防止のために、前向きに対処している家庭がどれだけあるのだろうか? 心の中については目に見えないことが問題なのかもしれないが、もっと根本的な問題として、世間の「空気」が自殺は「悪」であるとはっきり言い切らないことにあるのではないだろうか?

 なぜか。それは心のどこかで、「死んだらお終い」と思っているからである。死んで楽になりたいから自殺するのである。もしも死んでも楽にならないとしたら思いとどまるだろう。そんなことは実際に死んでみないと分からないが、「転生輪廻」という言葉がフツーの辞書にも載っている事実から推測するに、信じたほうが身のためではないかと思うのである。自殺しても何の救いにはならない、と。

戦死者は訴える
会社員・上月 一(名古屋市・35歳)

「負ける戦争はしてはいけない」という先月号当欄の投稿に反論する。負けた戦争で死んだ者は犬死にだということは決してない。大体、無駄に生きている現代日本人に戦死者を無駄死にと言える資格などあるのだろうか。それを言えるほど我々は立派な人間なのだろうか。冷静に自らの胸に問うて頂きたい。

 死者は何も語らないと仰るが、彼らははっきりと訴えている。その「最後の言葉」において、その「最後の行為」において。戦後六十年経った現在も彼らは我々に対して訴える。日本という国が存在する限り、日本人というものがこの地球上に存在する限り、彼らは永遠に訴える。死を境に「無」になったのでは決してない。

 負ける戦争はしてはならないと仰るが、あの戦争は日本が勝手に単独で始めたものではない。当時の国際情勢において、日本が「ハル・ノート」を全面的に受諾していれば平和を保てたのか。米国はそれで満足して経済封鎖を解除し戦争という解決手段を放棄したのか。その場しのぎの全面屈服と引き換えに手にした平和が国家と民族の永続性にどのような影響を及ぼすかについてもよく考えるべきである。

 国家にとっても個人にとっても、死を賭してでも戦わねばならぬ時というのは確かにあるのだ。たとえ負ける戦争であろうが祖国の存亡がかかった戦いであれば私は必ず参加して敵兵を殺す。きれい事を言うだけで「男子の責務」から逃亡するような真似だけは私は絶対にしない。戦争や戦死者を美化するつもりは毛頭ない。しかし、私の先輩方の「志」は、私のような戦後第二世代の心の中にもしっかりと生き続けている。

自然との協調を忘れるな
自営業・山田一夫(兵庫県伊丹市・54歳)

 大型ハリケーン「カトリーナ」に直撃された米国南部は、自然防災面の未整備さを曝け出し、引き続いての「リタ」の襲来では、三百万人もの住民が避難を余儀なくされたが、本当に世界で一番豊かな国での出来事なのかと耳を疑ってしまう。

 今年の北大西洋の海水温度は例年より高く、ハリケーンが多発しやすい状況になっているのは地球温暖化が原因とする説を唱える学者もいる中で、米国は京都議定書への参加を拒否したままである。また、米国が意欲的に取り組んでいる遺伝子組み換え農作物も、人体への危険性が完全に払拭されていないにもかかわらず、なし崩し的に増産が進められている。

 文明の進歩のためには、IT(情報技術)やバイオテクノロジーの高度化も必要ではあるが、富の蓄積と「タイム・イズ・マネー」思想によるスピード化を追求しすぎるあまりに、自然の力を軽視したり、自然の特性を過度に抑制するなどの行為は、天に唾することに等しい。いずれの日にか、自然から取り返しのつかない大きなしっぺ返しを受けることになろう。

 官公庁ばりのスローペースまでとは言わないまでも、自然と協調しつつ、ほどほどのスピードにより次世代へ引き継ぎながらの進歩の方が、人類と地球との存続を少しでも長引かせられるのではなかろうか。

あの日のバス停で
無職・高橋光雄(東京都板橋区・76歳)

   この秋の彼岸に家内と二人、埼玉県の両親の墓参りをすませての帰り路、バスに乗ってあたりの田園風景を見ていると、六十年前の母の顔が窓ガラスに写って見えた。

 戦争が終わり、私は立川の軍需工場での学徒動員が解除され、旧制中学四年のまま両親の疎開先の新潟へ。戦争に負けたが、それからは飢餓と耐乏との戦争が始まった。或る日のこと、お米を手に入れるため家にしまってあった大切な反物を農家に持ち込み、物々交換でやっとお米を手に入れた。重い包みを二つに分け、持ち帰ることになった。家の幼い子供の喜ぶ顔が目に浮かび、バス停までの足どりは軽かった。

「おばさん、そんな重い荷物はダメ」と、私のあとから乗ろうとしていた母は、バスの運転手に乗車を断られてしまった。「すみません、乗せて下さい」と哀願する母を無視して、私を乗せたバスは走り出した。見ると、どんどん遠くなるバス停。荷物を背負った小柄な母の姿に私は心が痛んだ。何故、運転手にたのんで母を庇ってやらなかったのかと、男としての腑甲斐なさに自分に腹が立った。その後、母はどうして家に帰って来たか記憶にない。

 当時、お米の移動が厳しく監視され、取り締まりが徹底していた時代だった。それもこれも遠い遠い昔の話で、母も墓の下でとっくに忘れてしまっていることだろう。考えてみれば、あの時、七人の子供を抱えた母は、まだ三十九歳の若さだった。

東條英機と徳富蘇峰
大学教員・山地良造(川崎市・50歳)

 本誌十一月号の水島総氏による「なぜですか、石原さん!」を拝読し、石原都知事に対する氏の切実な訴えに心を打たれた。その文中の東條英機大将にまつわる挿話−−「東條しかいないと周囲の推輓を受けて」東條大将は首相に就任したとの記述−−の中に、私は我が国の近現代史の悲劇の一つが凝縮されていると思った。水島氏の文章から東條大将の悲劇に思いを馳せた私は、同じく時代の悲劇の渦中に置かれたある人物のことを想起した。その人物とは徳富蘇峰である。

 蘇峰もまた時代の趨勢に抗うことなく、大戦の最中に日本文学報国会と大日本言論報国会の会長に就いた。井上司朗氏(当時、情報局文芸課課長)の回顧(『証言戦時文壇史』)によると、「日本文学報国会の場合は、幸田露伴、島崎藤村と持ち廻り最後に蘇峰先生」に落ち着いたのであり、大日本言論報国会の方も「一、二の候補」があったものの「結局蘇峰先生に兼摂を乞うた」のだという。

 終戦直後、井上氏は蘇峰に面会し「先生に無理に、両方の報国会の会長をお願いして、今となり申し訳なく、お許し下さい」と詫びたのだが、蘇峰は「なんの、なんの」とこれを受け流した。井上氏はそうした蘇峰の人柄に「山のように動じない」精神、柔和にして不屈の精神を見たのであった。

 米英との開戦決定の夜に東條首相は「自室で嗚咽」し、敗戦直後の蘇峰は、己の身を含めて今後の日本が「厄年」の連続であると捉えつつも「天衣無縫」に哄笑したとのことである。以上のような挿話から、国の歴史の背後にいまなお脈打つ無数の鼓動をいかに抽出しいかに蘇らせるべきか、歴史学に携わる人びとの重い責務を改めて実感せざるを得なかった。

 「正論」平成17年12月号   論文



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