長嶋茂雄監督が人の心をつかんで離さない理由(1)
サンケイスポーツ記者 飯田 絵美
“ミスタープロ野球”こと、巨人の長嶋茂雄終身名誉監督(六十九歳)は二〇〇五(平成十七)年十月、文化功労者に選ばれた。同年十一月四日、皇居での天皇、皇后両陛下との懇談会に出席し、七月以来、約四ヶ月ぶりに公の場に現れたことが話題となった。その際、天皇陛下から「お元気になりましたね。これからも頑張ってください」と声をかけられ、長嶋は笑顔を見せた。スポーツ界にとって嬉しいニュースだった。
野球界の『太陽』長嶋は昭和三十三年(一九五八年)、プロ野球入り。巨人のスターとして輝き続けた。監督としても一九七五年〜八〇年の第一次監督時代、一九九三年〜二〇〇一年までの第二次監督時代を合わせて十五シーズンを務め、五度の優勝を果たした。現役時代を知らない十代の若者からも認知度は絶大に高い。「国民的な人気者」である。華麗なプレー、ユニークな発想、エネルギッシュな行動力で「天才」「オーラがある」と超人扱いされるが、野球に対する愛情と努力とは別に、実はもっとも優れた能力は、そのコミュニケーションの高さにある。
『コミュニケーション』。人とかかわり、円滑な関係を築く上で重要な能力だ。自分の心を開いて、相手の心をも広げることが大切とされる。それを身につけているのがミスターだ。「あの人は天才」「我々とは違う雲の上の人」と捉えてはいけない。実は誰でも少し意識すれば、実行できることばかり。長嶋流コミュニケーション術を身につければ、きっと“コミュニケーションの達人”になれる。人との会話や交流をもっと積極的に楽しめて、自分も相手にも心地よい関係は築ける。
◆見た目、身だしなみ
一九七五年、長嶋の第一次監督時代の夏の暑い日、巨人の遠征のため、木綿のヨレヨレのTシャツとパンツ姿の新人記者がチームと共に新幹線を待っていると、長嶋が話しかけた。「〇□くん、半そでのシャツでも良い。ネクタイをしなさい。君は若くても社の代表なんだ。年齢は関係ない。汚い格好は恥ずかしいよ」。優しい小声と笑顔で諭された記者は、それ以降三十年、どんなに暑い日も、必ずネクタイ姿で取材している。
「とても良いアドバイスだった。チームのオーナーのところや突然入ったパーティーの取材、冠婚葬祭などネクタイさえしていれば、どこにでも駆けつけることができるから」。長嶋は巨人の選手にも、「移動中の新幹線や飛行機の中で漫画を読むな。読むなら部屋など人目のない場所にしなさい」と“巨人軍の選手は紳士たれ”を実践。しつけ、エチケットに関しては厳格だった。
見た目は大事である。昔は「男は中身」「見た目で人を判断してはいけない」など見た目を軽視する考え方が主流だったが、この数年で流れは逆になった。清潔な身なり、ポジティブな表情、態度が好感度を上げる。「相手の第一印象は、その後相手を深く知った後も、大きく間違っていない」らしい。
話者が聴衆に与える印象には三つの要素があり、その影響力を具体的な数値で示したものに『メラビアンの法則』がある。米国の心理学者、アルバート・メラビアンが一九七一年に提唱したもので、相手への印象を決めるのは「見た目や表情、しぐさや視線(ビジュアル)は五五%、声の質や速さ、大きさ、口調(ヴォーカル)は三八%、言葉の内容や意味は七%」だという。つまり見た目や表情、声など非言語が九三%も占め、実際の話の中身が与える影響力はわずかだというのだ。長嶋はそのすべてを備えていることが、この後の文章でも立証されていく。
◆タイムマネジメント
社長やCEOというトップクラスのビジネスマンほど、時間の使い方が上手だ。一ヶ月、一週間、一日のスケジュールをきっちりと立てて、オンとオフの時間を演出する。長嶋もやはり率先していた。
ある記者が当時監督の長嶋に取材を申しみ、快諾を受け、「正午に後楽園飯店」で待ち合わせをした。「天下の長嶋さんの取材。遅刻したら失礼に当たる」と待ち合わせの二十分前に店の前へ到着すると、すでに長嶋の姿が…。「おお、ごめん。きょうこの店、定休日だったよ」と言われ、恐縮したという。
『長嶋タイム』だ。野球、マスコミ業界の一部関係者には有名な言葉で、長嶋は待ち合わせ三十分前には必ず到着するという。遅刻はしない。人に迷惑をかけない、を実践している。スターは我がままといわれる。スター選手、一流芸能人や俳優、有名政治家など、名前が売れて周囲から一目置かれる立場になると、「周りが自分に合わせるのが当然」という気持ちが頭をもたげ、それが遅刻につながる。だが長嶋には無縁だった。
◆丁寧で紳士的
現在三十歳代の人は、長嶋の現役時代を知らない。長嶋にとっても、子供と同じ年齢か、それより下の世代が記者だ。だが年少の者に対しても、丁寧な話し方と態度は不変だ。一九九八年当時、ヤクルト担当だった筆者は、巨人との対戦を前に東京ドームを訪れると、長嶋監督が目の前にいた。挨拶をしようと緊張しながら差し出した名刺を受け取った後、すぐにその場で名前を読み上げてくれた。「そう、飯田さんですか、よろしくお願いしますね」。じっと筆者の目を見ながら丁寧に挨拶をしてくれたことは、光栄と同時に驚きでもあった。絶対的なカリスマ性をもつ存在でありながら、年齢も下、記者としてもまだ駆け出しの自分に、きちんと接してくれたことが嬉しかった。「超一流は、不遜な態度はとらないのだ」と教えられた。
→つづく
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| 「正論」平成18年2月号 |
論文
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