4月号
《「意味不明の「認知症」》
医師・加納 学(広島県福山市・83歳)
平成十七年二月に、厚生労働省(厚労省と略)が「『痴呆』という用語は、侮蔑的な表現である上に『痴呆』の実態を正確に表しておらず、早期発見、早期診断の取り組みの支障になっていることからできるだけ速やかに変更すべきである」という理由から、新たな用語として「認知症」が最も適当であると決めつけ、(1)行政用語としては、十六年十二月以降「認知症」を用いる(2)一般的用語については「認知症」を使用して頂くよう、関係機関等に協力依頼を行う(3)法律上の用語については、次期通常国会に提出予定の介護保険法改正の中で変更することを検討する(4)医学上の用語としては、引き続き「痴呆」が使用される予定と発表した。
私は厚労省が最初から「痴呆に代わる用語ありき」で取り組んでいることに疑問を抱き、医療、福祉関係者、一般の人三百人にアンケートを実施したところ(回答率98・5%)、大多数が「かえる必要なし」と答え、「痴呆は侮蔑語」と答えた人は皆無に近かった。
最も権威のある広辞苑には「痴呆は、いったん個人が獲得した知的精神的能力が失われてもとに戻らない状態」と書かれており、侮蔑語という説明はなされていない。他の国語辞典も同様である。反面、「認知」は[1]事象について知識をもつこと。広義には感性に頼らず推理、思考などに基づいて事象の性質を知る過程[2]嫡子でない子に対して事実上の父または母が自分の子であることを確認し、法律上の親子関係を発生させる行為と書かれており、「認知症」こそ痴呆の実態と著しく乖離し、日本語を乱している。
例えば、「痴呆になった」を「認知になった」と言わねばならず、何のことか分からない。「痴呆状態」を「認知症状」と表現しなければならないが、「認知症状」という医学用語はない。また、国語辞典に[1][2]以外に[3]「痴呆のこと」という文言を加えねばならず、ナンセンスだ。
医学用語としては、引き続き「痴呆」を使用する予定とあるが、誰がそれを決めるのかは定かではなく放置されたままである。そのために、医療、福祉の現場で混乱が生じている。例えば、学会発表、学術講演、医学書等で表現がまちまちなので戸惑うばかりだ。認知症こそ、「乱れた日本語」の典型である。
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《プロのアナウンサーでさえ》
無職・鈴木 晃(福島県郡山市・66歳)
昨今「小学生から英語教育を」ということが盛んに言われている。「国際人を育てるために」とか「話せる英語を」という主張である。ご尤もではある。その一方で「その前にもっとすべきことがあるのでは」という意見もある。昨今「日本語の乱れ」が指摘されている。当然、身に付けておかなければならない日本語が出来ないのに、英語教育を優先して「何が日本人か」との思いである。
「日本語の乱れ」は子供ばかりではない。話し言葉のプロであるアナウンサーの方々も結構、間違った言葉を使っている。「紅葉(もみじ)狩り」を「コウヨウ狩り」と言ったり、話題の趣旨から多分「敵役(カタキヤク)」だろうと思われる原稿を見ながら「テキヤク」と読んだり、さらには犯罪を防ぐために法整備を行ったことについて「法の網をかぶせる」というべきところを「法の網の目をかぶせる」と言ったり…。
何かの事件を追及するニュースで関係者にインタビューをした女子アナウンサーは「犯人の方は…」という。しかし「方」には敬意が含まれており、ここは「犯人は」というべきだろう。また女性優勝者に対するインタビューの際、「ヒロイン・インタビュー」ではなく、「ヒーロー・インタビュー」という女子アナもいた。こうなると「国語力」というよりは「常識」の問題なのかも知れないが…。
以前、聞いた話。女子大生が何かの集まりに教授の参加を求める際、「枯れ木も山の賑わいですから」と言ったという。多分、本人は「良い表現をしたつもり」なのだろう。
私が最近、気になっている言葉に「すごいきれい」とか「すごい嬉しい」という表現がある。フィギュアスケートの浅田真央選手ら若い人たちが使う言葉である。本来「すごくきれい」「すごく嬉しい」というべきだろうに。一方「ら抜き言葉」もよく指摘される。「食べれる」「見れる」「着れる」などである。しかし正しい言葉を使わないと意味が違ってくる場合もあるのに…である。
「言葉は時代とともに変わる」という人もいるが、「言葉の乱れ」にはマスコミの責任もあるのではないか。よく「最近の若者は××のような言葉を使う」などの報道をする。ますますそのような言葉を使う人が増えるのでは…と心配になる。そうではなく、そのような言葉は無視して報道しないか、誤りを指摘する立場の報道をすべきだろう。
いつまでも「美しい日本語」を使いたいもの。そのためには「国語授業の中で美しい表現をしている文学作品を声を出して読ませるべき」「音楽教科書から美しい表現をしている童謡や文部省唱歌がなくなったが、これを復活すべき」という声もある。賛成である。
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《「ヤバイ食べ物」って?》
主婦・飯沢春美(東京都大田区・52歳)
五十代に入ると最近の若者の日本語がわからずにいます。特に子供も自立し夫婦二人っきりの生活だとなおさらだし、夫婦の会話も単語のみが多いしと、私自身が日本語を忘れそうになります。テレビ等で「乱れた日本語特集」を観たりすると、話し合っている若者たちの言葉がまるでチンプンカンプンで、日本語と言うより宇宙語かもしれないと思ったりもしますが、若者同士がしっかりと会話していると「若者言葉」に感心さえします。
だけどこんなに狭い日本でも言葉遣いは多種多様で、若者とでなくても話をしていて相手の日本語がわからない時があります。私は東京生まれの東京育ち。江戸っ子育ちの親たちはあまりきれいと思えない日本語だったし、結婚当初に山形の主人の実家へ行った時に、集まった親類たちの間で外国語が飛びかっているようで理解がまったく出来ませんでした。
そう思うと今時の乱れた日本語と言っても慣れたら正当化してしまうのではと思わずにいられません。それにしても理解出来ないのが、「ヤバイよ、この食べ物」が「美味しいよ、この食べ物」となるのですから、やはり付いて行けません。
| 「正論」平成18年4月号 |
言ったもん勝ち
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