ニートは国を滅ぼすか?
「何となく」で過ぎた10年(1)
ニートとの対話
ニート、ひきこもりといった若者が急増している。三十代、四十代といった“高年齢化”や長期化も目立つ。だが、彼らと対話してみると、ほとんどが、どこにでもいる「ごく普通の若者」であることが分かる。ニートやひきこもりになるのに特別な理由やきっかけがあったわけでもない。キーワードは「何となく」「自分でも分からない」。そんなあいまいでぼんやりとした時間がいたずらに過ぎていくのを自分自身も親も周囲も止められないでいるのだ。
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山田陽一さん(三十一歳、仮名)は東京生まれ。両親と兄弟が二人の五人家族の家で育った。高校を一年で中退して、大検を目指したが、果たせず、フリーターとなった。結婚願望はなく、生活費の多くを実家に依存しているいわゆるパラサイトシングルの一人。
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少年時代は「普通の子供」
−−小学生のころはどんな子供だったんですか。
山田 どうって? いたって普通ですよ。性格は明るいほうだったし、友達も普通にいた。特にクラブ活動の野球に熱中していました。小学校の五年間、やってましたから。
−−野球は中学でも続けたんですか。
山田 中学ではやりませんでした。いろんなクラブ活動を転々としていましたね。やったりやらなかったりと。普通の子供でしたよ。家の中で遊ぶより、外で遊ぶほうが好きだった。
−−高校を一年で中退したのは?
山田 高校は他県の私立だったんです。実家から通えないので寮生活。野球が結構強い学校で、僕も野球部に入りました。でも、だんだん面白くなくなった。
−−面白くないというのは何が?
山田 いろいろですよ。どれがどうというのでもないんですが、まぁいろいろですよ。寮生活も結構キツかったし、野球部の練習もね。本当は野球がしたくて行った学校だったんだけど、一年の終わりには野球部をやめ、寮も出ました。一時は(遠い)自宅から通うことにしたんですけど、結局、続かなかった。どうしても嫌だったんです。言葉ではうまく説明できませんけどね。
−−両親は中退に反対したでしょう。
山田 そりゃそうですね。まぁ「高校ぐらいは出ておいた方がいい」と。先生にも相談した。でも先生はあまり親身にはなってくれませんでしたね。
−−両親は厳しかったですか。
山田 まぁ、世間からみれば甘いんでしょうね。いまから考えてみれば、親の言うことを聞いていればよかったのかな、なんて思いますけど。そのときは、「まぁ何とかなるだろう」という気持ちだった。
→つづく
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| 「正論」平成18年4月号 |
論文
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