フジサンケイグループはこのほど開いた正論大賞選考委員会で、第23回正論大賞を京都大学教授の佐伯啓思(さえき・けいし)氏(57)、第8回正論新風賞を文芸批評家の新保祐司(しんぽ・ゆうじ)氏(54)にそれぞれ贈ることを決めた。今年8月に尿管がんのため70歳で亡くなった作詞家・作家の阿久悠(あく・ゆう)氏には特別賞を贈る。

 正論大賞はグループの基本理念である「自由と民主主義のために闘う正論路線」を発展させた個人に贈られる年間賞。

 現代文明論を専門とする佐伯氏は、いわゆる「戦後民主主義」の欺瞞を突く立場から多くの著作を発表。冷戦終結以降は一貫して米国を中心とするグローバリズムに警鐘を鳴らした。最近も「対等な日米同盟」を提唱、日本は精神的に自立すべきだと主張している。政治動向や構造改革などについて欧米の保守主義との対比など思想面も踏まえて論評を展開。精力的な言論活動が正論大賞にふさわしいとされた。

 平成12年に制定された正論新風賞は、21世紀の日本を担う新進気鋭の言論人を見いだして顕彰するために設けられた。新保氏は音楽を題材にして文明、時代批評へ発展させるという斬新なスタイルを確立させた。「日本人の心」に占める音楽の重みを叙情豊かにつづる文章は、伝統的価値観の喪失を憂慮する日本人にとって指針になりうるとされた。

2007.12.17








 この度、第23回正論大賞を受賞することとなりました。正論大賞は、すでに言論活動において一国一城を築いた大家に与えられるものだと思っていましたので、全く予想外の事態に驚き、とまどっています。それでも、私のごとき一介の大学人が、無謀にも無手勝流の社会評論を続けてきたことが評価されたことは大変ありがたいことです。

 もともと私は経済学の研究からはじめたのですが、過度な形式主義と過剰な専門主義が肌に合わず、大学院の後半からは、もともと関心のあった思想へと興味が変わってゆきました。思想とは、政治・経済・社会を対象としつつ、その基礎にものを見、考えるための足場を作るものです。最初に書いた「隠された思考」という本は、経済学批判の思想を展開した書物で、幸いにサントリー学芸賞をいただきました。1980年代半ば、ポストモダン文化とバブル経済が一気に花開く時期でした。

 80年代のポストモダン文化とバブル経済は、私のような社会思想をやっているものにとっては、現前の社会そのものが思想の対象となるのです。この虚栄と虚飾に満ちた繁栄と、それに比例する精神的な空洞化は何に由来するのか、ということがその後の私の最大の関心になってゆきます。

 私は、ほとんど学者や研究者とのつきあいはありませんが、この精神の空洞化というニヒリズムに対抗するには「保守」の思想しかない、ということを教えられたのは、院生時代にめぐりあった西部邁氏の生き方や評論活動でした。氏のおかげで、「保守思想」という武器を携えて、荒野のような現代社会へ向けた思想的批判を行うという蛮勇を与えられたといってよいでしょう。

 戦後日本の社会科学は圧倒的に左翼の影響力が強く、しかもそれを専門的学問として権威づけてきました。「保守」を名乗ること自体がアカデミズムの異端者となることであり、無視されるか批判されるかを覚悟することでした。しかし、社会主義の崩壊、そしてその後に来るグローバルな経済と大衆的な政治の混迷の中で、真に求められるのは、その国のありように即した「保守思想」しかない、ということは明白になってきました。

 「保守思想」とは、その国の精神的伝統を救い出し、ニヒリズムに浸される現代社会と戦うための精神の態度でしょう。この態度を崩さずに、思想と現実をつなぐような社会批評・文明論をこれからも展開することが私のささやかな使命であろうと思っています。

■佐伯啓思(さえき・けいし) 京都大学大学院人間・環境学研究科教授。昭和24年、奈良県生まれ。東京大学経済学部卒。同大学院経済学博士課程単位取得。滋賀大学助教授などを経て平成5年から現職。「『アメリカニズム』の終焉(しゆうえん)」で東畑記念賞、「現代日本のリベラリズム」で読売論壇賞をそれぞれ受賞している。「新『帝国』アメリカを解剖する」「20世紀とは何だったのか」「倫理としてのナショナリズム」など著書多数。
2007.12.17








 文芸批評家という肩書にこだわる。昭和28年、宮城県生まれ。近代批評の創始者・小林秀雄と同じ東京大学文学部仏文科に進み、出光興産に就職。40代半ばで退職した後は都留文科大文学部助教授から教授へ。この間、「無手勝流」で続けた執筆活動は試行錯誤を重ねた。

 37歳で初めて上梓したのは、「内村鑑三」。文明、歴史という難題に取り組んできただけに「これが大切だと力むだけでなく、人の心に響くものを書かないといけない」と悟った。

 音楽への思いに関する導入部から、思想や歴史への考察を織り交ぜ、文明論を説き起こす。「国のさゝやき」「鈴二つ」で、「音楽を通した時代批評」という独自の手法を手の内にした。「異端」を自認しながら、「正統」から離れなかった。それが結実したのが、「信時潔」と、「『海ゆかば』の昭和」(編)である。

 信時が作曲した「海ゆかば」は、あの戦争の末期、鎮魂曲として流された。戦後の封印を「日本人の精神的価値論」として解き放ち、占領という「現代史の急所」(『海ゆかば』の昭和)を揺さぶった。

 ドイツロマン派の画家、フリードリヒを題材とした新作を来春、世に問う。徹底した思索と一貫した姿勢。世の中と、人の心への深い洞察に満ちた力作に、またしても圧倒されるだろう。(羽成哲郎)

■受賞のことば
 思えば、高校2年生のときに小林秀雄の批評と出会い、文芸批評家の道を志してから三十有余年。このたび、このような名誉ある賞を頂くこととなり、万感胸にあふれるものがあります。
 22歳で近代日本最初の批評家、北村透谷を論じたのを皮切りに、その後、内村鑑三、島木健作、波多野精一、村岡典嗣、大佛次郎、信時潔その他、多岐にわたる分野の様々な人物をとりあげてきましたが、結局、目指しているものは、日本人の精神の歴史を生き生きと蘇らせ、将来の希望につなげることです。
 これからも今回の受賞を励みとし、日本人の精神の復興に役立つ仕事にとりくんでいきたいと思います。(しんぽ・ゆうじ)
2007.12.17








 阿久悠氏夫人、深田雄子さん寄稿

 何冊も残っている阿久の「きりぬき帳」をみると、産経新聞の「断」「正論」「産経抄」をまとめたノートがたくさんあります。

 几帳面にきれいにレイアウトされたノートです。亡くなる少し前まで、毎晩、日記を書き、切り抜きをしてその日のうちに張っていました。阿久の琴線にふれた記事が多かったのでしょう。

 第3回の正論新風賞をいただき、そして今回は特別賞をいただき、大変ありがたくお礼を申し上げます。

 阿久の少しはにかんだ笑顔が見えるようです。価値のある賞をありがとうございました。ますます寒々しい世の中になってゆくようです。阿久なら何を言うだろうか、何を書くだろうか。聞いてみたい、読んでみたい世相ばかりです。

 早すぎる死を悼んでくださる方々もきっと同じ想いだと思っています。

■阿久悠(あく・ゆう) 本名・深田公之(ふかだ・ひろゆき)。昭和12年2月7日、兵庫県生まれ。平成19年、死去。明治大学文学部卒。広告代理店勤務を経て執筆活動に入り、「また逢う日まで」「勝手にしやがれ」など5000曲以上を作詞。著作も雑誌「正論」の連載を収録した「昭和おもちゃ箱」のほか、「詩小説」など多数。横溝正史賞、菊池寛賞なども受賞した。産経新聞の長期連載「阿久悠 書く言う」をまとめた「清らかな厭世」は「言葉を失くした日本人へ」の警句にあふれていた。人間を見つめ続け、時代を切り取った人だった。

●阿久悠氏の公式ホームページ
2007.12.17


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