静岡市 主婦 58
夫ががんを宣告された。毎晩浴びるように飲んでいたのだから、来るときが来たということだ。
デート中もカウンターで寝てしまう彼とけんかになり、何度別れようと思ったことか。そこがほれた弱み、私も踏ん切りがつかず、下戸と上戸の結婚に相成った。
私の願いもむなしく、夫は40年もそんな生活をし続けた。幸運なことに、今までこれといった病気をしたことがなく、私もこういう丈夫な人もいるもんなんだと楽観していた矢先のことだった。ここ数年、自営業の夫は仕事もそこそこに、日が暮れるのを待ち兼ねる居酒屋先行の生活になった。
文句をいうと、無頼漢を気取って、「人生なんて暇つぶし」などと世捨て人のようなせりふを吐く。
でも、その背中に私は悲痛な叫びを感じていた。自分でもこんな飲み方は良くないと知りつつ、やめられない。刹那(せつな)に生きることへの不安、それを打ち消すために、酒、その悪循環。楽しいはずがない。
それが、がんの宣告。どこかで、ホッとしたのではないだろうか。これでやめられる。今まであんなに後ろ向きだった夫が、人が変わったように前向きになった。
病気と闘うという明確な目標を得て、張り切り出した。酒もたばこもやめ、体に良いという食事を心がけ、早寝早起き、おまけに仕事にも精を出し、優等生になった。
けがの功名とはまさに、このこと。心の安定を取り戻した夫。手術をすることになるだろうが。頑張ってね。そして、優等生を続けてね。あなたらしくなくて、ちょっと気味が悪いけど。
(2007/05/23)