産経新聞社

ゆうゆうLife

徴用の記録認めて

 奈良県五條市 植田康時 80

 昭和18年3月25日に国民学校を卒業し、同月27日にプロペラを作る兵庫県の軍需工場に養成工として14歳7カ月で入社。即、厚生年金に加入し、翌19年12月17日に命令を受け、同じ会社の三重県にある工場に転勤し、終戦まで働きました。

 20年1月までは、年金の加入期間がありますが、2月から終戦までの記録がありません。B29の爆弾で焼け野原になるまで、九死に一生を得ながら勤めました。当時は、勝手な行動は許されませんでした。

 年金記録確認第三者委員会に申し立てができることを知り、昨年11月に申し立てを行い、今年4月に確認の電話をいただきましたが、その後、何の通知もありません。

 ぜいたくと思われるでしょうが、終戦後すぐ鉄道会社に就職して534カ月の加入期間があります。年金額は増えなくても、あと7カ月の記録を認めていただき、45年働き続けた加入記録をいただいてから、この世とお別れしたく存じます。

(2008/10/29)