和歌山市 主婦 匿名希望(60)
6年前、夫が55歳の若さで、がんで亡くなった。夫の命があとわずかと知ったときの動揺は言葉では言い表せない。しかし、病名を知っていた夫のほうが、苦みは何倍も大きかったと思う。家族の心中とは裏腹に、夫は見事な最期をみせてくれた。看護する者へのいたわりの言葉をどんな苦痛の中にあっても忘れなかったのだ。
終末期医療に接して感じたのは、死に直面して人は何を考えるのか、そして家族はどう見送ればよいのか、そんなことを相談できる場所が少なかったということだ。
「もはや打つ手はない」と、さじを投げられた患者や家族はどこにすがればいいのだろう。身体的な苦痛の緩和とともに、心のケアにも配慮した医療が受けられる日が1日も早く来ることを願っている。
(2009/06/26)