(3)“ワシ族”が巣立ち
定年後の夫というものは、おおむね、妻たちには評判がよろしくなかった。
「粗大ゴミ」と言われて、不用品扱いにされたり。妻がお出かけしようとすると、「ワシも、ワシも」とついてきたがるから「ワシ族」と言われたり。
むろん、そういう化石タイプの「定年夫」も少なくないようだけれど、最近は、様子の違う人たちも登場してきたらしい。
たとえば、定年になったとたん、タガがはずれ、あらぬ方向へと、はじけてしまう人たち。
「粗大ゴミ」どころか家に居つかない。「ワシ族」どころか、妻の居る家庭を顧みない。
毎日パチンコとか、テニス、ゴルフ、釣りざんまい、スナックで飲んで、歌って、浮かれた猫みたいになってしまう方々がいる。
話を聞けば、そのタイプは、堅い仕事についていて、何か不祥事があれば、職業生命を失いかねなかった人たち。
そう、仕事で抑圧されていた分、それがはずれたときの反動が大きい。おまけに60代、まだ若い。ここで人生の帳尻合わせをしなくてどうする?ということかしら。
元高校教員の彼も言う。
「退職したら、世間の景色が変わっちゃったよ」
彼もまた、在職中は、なにごとも無難に、無難にと、常に自制心を持って生きてきた。
が、今は、昼はテニスで体力を鍛え、夜は街で知り合った若い女性に食事をおごったり、飲みに誘ったり。ああ、このバラ色の日々よ、これにはまってしまったら、当分はここから抜け出せそうにはない、とか。
いいわねえ、で、その軍資金は?
と聞けば、それは公務員だったから、と言う。辛抱した分、ご褒美の取り分が大きいらしい。
先日も、ある妻の嘆きの声を聞いた。
「まじめな夫と平凡に暮らしてきたのに、ここに来てこんなことになるなんて!」
彼女の夫も定年後に人格が豹変(ひょうへん)。好き勝手に散財している。
おかげで、老後は夫婦で旅行でも、と楽しみにしていた妻のささやかな夢は消え去ってしまった。
さらに、「このままでは、ひとりになったときの私の支えはどうなるの?」と不安な状況とか。
定年後の夫にお金を自由にさせたらロクなことにならない。夫より長く生きるのは私よ、と確信している妻たちの、年金や退職金の召し上げ作戦には、それなりの訳があるようだ。(ノンフィクション作家 久田恵)
(2007/01/26)