(6)止まり木のようなお茶会
私の介護生活は長い。
かれこれ20年。とくに母の在宅介護をしていた最初の10年は、子育てとも重なり、仕事を続けるだけで精いっぱい。誰かとじっくり付き合うゆとりがなかった。
友だちとの縁も切れ、50代半ばで気がついたら、かなりさびしい状況になっていた。
そんな体験から、見知らぬ人同士で、なんの目的もなく、ただお茶を飲んで、おしゃべりをして、「じゃあね」と別れていくだけのお茶会があったらなあ、と思った。
困難な日常の波間を浮いたり、沈んだりしながら、一人で人生を泳ぎ切っていくための、ちょっとした止まり木。少しわくわくもできるそんな不思議なお茶会。
うん、いいかも。
私は、思いつくと、なんでも一応やってみるタチである。
そもそも、私が目下、試みている「一人で生きる練習」というのは、他者にあらぬ期待をしないということが肝心なので、呼びかけて応じる人が誰もいなくても、「ま、いいか」と思い、ちょっと始めてみた。
名づけて「アリスのお茶会」。そう、「不思議の国のアリス」の話に出てくる帽子屋とウサギとネズミとアリスのあの調子の狂ったお茶会がイメージだ。
それが2年前。
インターネットのホームページで呼びかけて、ほんとうに見知らぬ人同士で集まった。女性限定で、十数人。最初の場所は、ケーキと紅茶のおいしい東京都内の喫茶店。お招きの曲まで作って、ヴァイオリンでお迎えした。時には、ピクニックとしゃれ込んだり、あれこれ演出をして、勝手に楽しんだ。
その効あってか、来る人なんかいるの? と思っていたのに、まだ続いている。気の向いたときだけのほんの時々で、すでに7回に。
最初は見知らぬ同士だったのが、すっかり見知った同士になった人もいて、友だちが増えた。
年齢も仕事も趣味も生活条件も、実にさまざまだが、目的もなく、一緒にお茶を飲むだけで、あれこれあるにちがいないそれぞれの日常を頑張って生きていくことに、エールを交換し合っている気分になる。
人間関係には、家族縁とか地域縁とか仕事縁とか趣味縁とか、いろいろあるけれど、インターネットのおかげで、こういう新種の不思議縁も増えていく。
定年後、「地域縁」を作れないという男性にも、アイデア次第で友を得る道はいろいろあるよ、と伝えたい思いだ。
(ノンフィクション作家・久田恵)
(2007/02/16)