(10)頑張りすぎの教訓
「定年になったら仕事はもうしない、家でのんびりする」
との夫のせりふを聞いて、ショックのあまり寝込んだ妻がいる。
無理もない。彼女の家には、すでにもう「外で仕事はしたくない」と主張して、家にずっと居続ける息子がいるのである。
33歳。在宅ワーカーを目指しているが、まだ、収入がない。
さらに、である。
ついこの間まで、ちゃんとした会社に勤め、ちゃんと一人暮らしをしていたはずの娘までが、突然、仕事をやめて家に舞い戻ってきてしまった。こちらは、31歳。なにかあったの?と聞いても、職場のあまりの過酷さに、働くことへの疑問が生まれた、と言ってうるさがるばかり。
息子が在宅無職でいるのに、娘にだけ働け、とも言えない。
こんな状態のままで、夫までが定年後、家にいるようになれば、とんだことになる。
家族全員が在宅無職!
将来、どうなるの?
考えられない事態だ。
せめて、子どもが自立するまで、夫には頑張ってもらい、収入を得てほしい、と頼んだが、彼は決然として言い放ったのだそうだ。
「冗談じゃない。もう、オレは誰の扶養もしたくない!」
彼らは、団塊世代の友達夫婦(といわれていた)である。妻は夫の望んだように専業主婦となり、子育てに専念してきたのだった。
そして、当時、誰もが夢見たすてきな一戸建てに住む理想の核家族をつくってきたのだった。
風に揺れる白いレースのカーテン、庭の青い芝生、楽しい親子の団欒(だんらん)…。懸命に努力をして手に入れたシアワセ家族だったはずなのに、この結果が信じられない、と彼女は言う。
こんなことでは、自分ばかりが、不安にさいなまれ、しかも永遠に家事専業を卒業できない。いつまでも妻として、母として、家族への献身を求められ続ける。
最近の彼女は、家で家族のご飯を作っていると、時々、お皿をたたき割りたくなる。
にもかかわらず、家族が感じているのは「最近、おかあさん、ちょっと機嫌が悪くない?」程度。
私としては「あなたも好きにやったら?」とアドバイスをしたのだけれど、「でも、私までが好きにしたら、わが家はどうなるの?」と憂い顔だ。
あんまり頑張って、居心地のいい家を作ると、こんなことにもなる、という教訓でもある。(ノンフィクション作家 久田恵)
(2007/03/16)