(23)住宅街の怪しげな人々
私は在宅ワーカーなので、家が仕事場。自宅でひとり暮らしの高齢者みたいに生きている。この日々がいかなるものかと言うと、これが思いのほか忙しい。
「奥様でいらっしゃいますか?」と、実にしばしば電話が来る。ピンポンとチャイムも鳴る。
「もうじき世界が滅びます」と怖い話をする宗教の勧誘の方、「おたくの屋根はひどい状況です」と、脅しをかけるリフォームやシロアリ駆除の営業マンの方などなど…。
そう、一見、人の気配もない昼間の住宅街ではあるのだけれど、結構、いろんな人が訪れる。で、うっかり気を許すと、大変なことになる。
先日も、「エアコンの無料クリーニング中」との甘いトークについ耳を傾けてしまったら、もう次から次から。
若返りの美顔器とか、お風呂に入れる不思議な鉱石とかの説明がとどまるところを知らず。どうやってお帰りいただけばいいか、途方に暮れた。なにしろ、いずれの商品もびっくりするほど高額で、昔のようにゴムひもをひとつ買って、退散していただくわけにもいかないのである。
まだ、若い(?)私でさえ、こんな調子なのだから、気弱な高齢者などは、このようにまくしたてられたら対応不能であろうと思われる。
ちなみに、頑固で「イエス」「ノー」のはっきりしていた父でさえ、85歳を過ぎてから、この手の人たちによくひどい目に遭った。
たとえば、まがいものの時計を買えといわれ、お財布の中のお札をすべて渡してしまった。銀行の人にハイリスクな金融商品を勧められて、断れずに投資、結果、大きな損失をしてしまった。
さらに、家にやってきたセールスウーマンから、な、なんと50万円のミシンを買わされそうになったことも。この時は、女性が父をひとり暮らしと思って、あがりこんでいたら、実は2階に娘(私)がいて、「彼にそのミシンが必要なわけを言ってくれません?」というもので、ギョッとして退散したのだった。
高齢になると、だまされていると分かっていても、断るエネルギーがなくなる。相手の言いなりになることで、葛藤(かっとう)を避けようとしがちである。
昼間の住宅街に跋扈(ばっこ)するこういうアコギで怪しげな人たちを増殖させない方法はないものか。在宅で仕事をしていると、時々、ひとり暮らしの高齢者のことが、ものすごく心配になるのである。(ノンフィクション作家 久田恵)
(2007/06/15)