(24)花の満艦飾
雑草に覆われた庭をぼんやり眺めていたら、この混とんとした緑の中に、際立つ色がちらとだけ欲しいなあ、と思った。
鮮やかなオレンジ色のインパチェンスの苗を植えてみた。すると、期待に応えるように、次々と花を開き、毎日、庭の姿を微妙に変えていく。
おかげで、「明日が楽しく」なった。
思えば、母の介護をしていたころ、明日がつらかった。いろいろあって、人生も煮詰まり、朝目覚めれば、ふーっ、と吐息がこぼれた。同居していた父の「おーい」と階下で呼ぶ声に胃が痛くなった。
どうしたら、明日が楽しくなるだろう、と思った。すると、友人が花を育てよ、と言った。朝、目覚めたらうれしくなるよ、と。
それで、花を育て始めた。
始めたら、止まらなくなった。
種をまき、苗を作り、家中、庭中、花だらけ。毎朝、水をやり、花柄を摘み、植え替えをした。種をまいては、ちょっと芽が出た、双葉が出た、つぼみがついた、でひとり大騒ぎをしていた。
おかげで、ただでさえあわただしい毎日が、さらにあわただしくなった。なにゆえこんな苦労をあえてするのかと思ったが、明日が楽しくなった。
そう、日々が過酷さを増し、事態が深刻になればなるほど、あたり中、満艦飾。私が、やみくもに色とりどりの花を植えまくるので、庭が、どんどん派手になっていった。
けれど、母が亡くなったとたん、つき物が落ち、エネルギーが尽きた。花育てを放棄し、庭はたちまち荒れ放題と化したのだった。
ある本を読んでいたら、「時おり、暇をもてあました主婦が、色とりどりの花で満艦飾にした趣味の悪いガーデニングをよく見るが」と書いてあった。書いていたのは男性で、なんだかものすごく頭にきて本を投げ捨てた。
もっと派手に、もっと派手にとならざるを得なかったあの時の自分を知っているから、こういう男性のもの言いにカチンとくる。
そんな中、久しぶりに訪れた知人の家のガレージがすごいことになっていた。色とりどりの花鉢で満艦飾状態。かなり過剰。聞けば、定年退職後の夫が、つかれたように花を育てている、と言う。
妻は、やり過ぎ、と嘆いていたが、男性の彼もまた「明日が楽しい」を必死で追い求める心境に、今あるのか、と思った。たかが花育て、されど花育て。なにごとにも人の心があれこれと映し出されるものである。(ノンフィクション作家)
(2007/06/22)