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ゆうゆうLife
 

(25)妻の「プチ家出」

 ある男性が「実は、ウチの妻はちょっと変わっていまして…」と、切り出した。

 仕事で会った彼とは初対面。一瞬、戸惑い、あわててコーヒーを飲んだりしたけれど、男性は、いったん切り出した話をやめたりはしない。目下、定年後の第二の勤めというから、たぶん、彼の妻は、私と同じお年ごろ。雑談にまぎれて、不可解な妻のことでヒントが聞けたらなあ、と思っているらしい。 

 口調はさりげなくても、切羽詰まっているのかも、と、いうようなことが時々ある。

 で、先日のその彼の「ちょっと変わった妻」とは、「時々、どこかへ出掛けて、1日とか、2日とか、戻ってこない」妻なのだそうだ。

 おまけに、「どこへ?」と聞いても、「ちょっとね」としか絶対、答えないとか。

 思わず、笑ったのは、夫に「どこへ?」と聞かれたら、にっこり笑って「ちょっとね」でしのぎ続けていると、いずれなにも聞かなくなるわよ、と知人が言っていたことがあるからだ。

 その彼女も、子育てが終わってひと息ついたころから、時々、思い立つとふらーっと、1人で出掛けるようになったそうだ。

 いわゆる妻の「プチ家出」。その常習者だ。

 この家出に取り立てて理由はない。彼女はそれなりに平穏に暮らしている。けれど、日常に流されつつ、なにか心が満たされない。ちょっとしたできごとが、過剰に不安をかきたてたりする。些細(ささい)なことと分かっていても、心がそれを分かってくれない、という感じ。

 で、いたたまれなくなって、つい、ふらーっと、出掛けるのだそうだ。

 「ほら、目先のことから視線をすっと上げて、もっと遠くを見たくなるのよ」

 私もそうだが、女性は実に具体的なのだ。理屈では気持ちをコントロールできない。だから、本当に目先から遠くへ視線を上げるために、どこか小高い場所に出掛けて、遠ーくを見たくなる心境になるのだ。

 この気持ち、説明不能。「ちょっとね」と言うしかない。

 というわけだから、理由の分からない妻の「プチ家出」は、大目に見るしかなく、「ちょっとね」は、ほんとうに「ちょっとね」なのですよ、というようなことを、その日の彼に説明を試みた。

 分かったような、分からないような。でもこれ以上、初対面の人に議論をふっかけるわけにもいくまい、との表情で、彼は不審げにうなずいたのだった。(ノンフィクション作家 久保田恵)

(2007/06/29)

 

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