(28)家計管理権の奪回計画
男性に「定年後」についての取材をしていた折、とんでもない計画を打ち明けられたことがある。
本当は、人に言ったりしてはいけないのだけれど…。一応、ここは同性に警告を発するのが肝心かと思い、時々、親しい友人に耳打ちしたりする。
ウソーッ!
皆、ギョッとした顔になる。
そう、これって、とんでもないことだ。
実は、彼の計画では、定年をきっかけに妻から「家計管理権を奪回する」と言うのである。
必ず。絶対に。断固として。離婚も辞さぬ覚悟で、これを履行する、のだと。
聞けば、いろいろと妻には恨みがあるそうな。それを、これまで、一切、口にしないまま、胸にため込んできたらしい。
一番の恨みは、単身赴任の折のお金を巡る出来事。当時、毎月、給料の中から、夫の生活費を妻が銀行口座に振り込む約束になっていたのだけれど、それを妻が、年中忘れたのだそうだ。
口座にお金が振り込まれていなくて、必要なお金が引き出せない時のあのいらだたしさ。悔しさ。
「なんのためにオレは生きているのだろう」
とまで、彼は思ったのだそうだ。
たかがお金、されどお金。
催促せずとも妻がきちん、きちんとお金を振り込む行為は、夫への「愛情の証」であるのだとか。以来、表面上はけんかひとつしたことのない関係ではあるけれど、ずっと妻への不信感がぬぐえなかったらしい。
「分かるでしょう?」
と言われても、他人の私にはいまいち実感がわかない。世間には、忘れっぽい妻もいるわけだし、やっぱり、そのことで「愛を疑う」のは、大げさなような。
それにしても、ものを言わぬ夫というものも、実はいろいろ頭の中では、考えをめぐらせているものらしく、なめてかかっていると結構、怖いものだと思う。
おまけに、彼のように、妻への恨みから、家計管理権を奪取しようと図る人もいるけれど、ただ、「暇になるから」とか、「妻に任せておくと老後が心配だから」とかの理由で、定年を機に「家計管理」に乗り出す夫も少なくない。
妻には妻の「老後計画」もあるわけで、いきなり既得権を奪われた時の衝撃は計り知れない。
お金の問題は、定年後の夫婦の大いなる葛藤(かっとう)の種でもあるらしい。
ご用心、ご用心である。
(ノンフィクション作家 久田恵)
(2007/07/20)