(32)母が遺した揺り椅子
母の遺した揺り椅子(いす)がある。忙しい日々を送っていたころは、私にとってその椅子は、単なる場所ふさぎ。つい、いろんな物の置き場所になっていた。
このごろは、ひとりになって、家の整理整頓がされるようになり、母の椅子が、からっぽのままで置かれているようになった。
ふと、眺めると、主のいないその椅子の上を風が吹きぬけていくかのよう。まるで、そこに誰かがいるようで、語りかけたくなる。
年齢を重ねていくうちに、その時々の「女の気持ち」が私にも見えてきて、母と語るべきことを何も語らずに別れてしまったことが悔やまれる。
思えば、母は、ひとりでいるのが好きだった。誰にも拘束されず、椅子に揺られて、好きな本を読んだり、深々と考えごとをしたりしているのが至福の時、そういう人だったなあ、と思う。
きっと、そんな時が訪れるのを夢見て、この椅子を自分のために買い、大切にしてきたに違いない。
けれど、母がそんな時間を存分に楽しめたのだろうか、と思う。
六十代の前半で病に倒れ、重い失語症になって、半身も動かなくなって、以後は思いもかけない苦しい人生の展開だったのだから。
思えば、お気に入りの椅子に揺られて、ゆうらゆうら、ひとり存分に物思いにふける、そんな時間は、女にとってつかの間。妻であり、主婦であり、母である女には、ほんのわずかな「人生のご褒美(ほうび)」みたいな時間なのだろう、と思う。
今は、時折、母の代わりに私が椅子に座って、物思いにふけるようになった。そうしていると、今や、自分にとって「家」は、やすらぎの場だと実感する。
かつて、家族といたときは「家」は、まるで戦場だった。なんだかいつも臨戦態勢で、なにが起きても対応せねばならないと、つねに身構えていたものだ。家族に愛を注ぎ続けるのも大変だった。
「こんなに愛を注いでいるのに、私にはいったい誰が愛を注いでくれるのよっ!」と、叫びたい思いを心に押し殺していたこともあった、とつい苦笑してしまう。
今は、誰の愛もいらないかも。そんなものがなくても、ゆり椅子に座ってゆうらゆうら、物思いにふけりながら自己完結ができそうな気分。自分のことは自分がいとおしく思ってやればいいわ、と。
結局、それもこれも、この椅子の主、母からもらった愛があるからだ、と今更、「母というものの存在」の大きさに、ゆうらゆうらしながら気づいている私である。(ノンフィクション作家 久田恵)
(2007/08/24)