92歳の父を車いすに乗せて散歩に出掛けた。
暑くも寒くもないちょうどいいお天気の日だった。途中、知人からギンナンを頂き、「これって、ビールのおつまみにいいのよねえ」とかなりの上機嫌になっていた。
それがいけなかったのか。
前方からきた中年の女性が、私たち親子を見たとたん、激烈な言葉を投げつけた。
「おまえら、死ね!」だって。
いきなりのことで、立ちすくみ、まじまじと彼女を見つめたら、プイと横を向いてすれ違っていった。
スーパーの袋を手にした買い物帰りのどっからみてもごくごくフツウの人であった。
いやはや、である。
最近は、いきなりナイフでグサリ、という事件もあるから、言葉の暴力だけで済んだのは、幸運というものかもしれないが、かなりの衝撃。一日、くらーい気分だった。
さらに、数日後、電車で本を読むことに没頭していたら、隣に座っていた男性から怒鳴られた。
「なにやってんだよ、このババアが!」とかなんとか。
ババア、といわれて仰天し(ババアの自覚がないもので)、夢からさめた思いでよく見たら、私のカバンがひざからずり落ち、彼のお邪魔になっていた。あわてて、謝ったものの、なんだか怖い。その後どうしていいものか、目的の駅に着くまで、身じろぎもせず固まったままになってしまった。
さらにさらに、改札口でスイカの料金不足でいきなりトウセンボをくらってびっくり。おたおたしていたら後ろの人に「なんだよ! こいつ」と舌打ちされ、小突かれそうになってしまった。
お出掛けするのも、命がけだわ、と思ってため息が出た。
どうも最近の世情のギスギスぶりが際立っている。
ノウテンキな顔が他者の怨嗟(えんさ)を誘発したり、上の空の態度が人のいらだちを招いたり、てきぱきしていないトロい行動が周りに許容されなかったり。
そう、今やキレやすいのは、心の内圧の高まった思春期の少年ばかりではない。全世代、エージレス状態に至っているようだ。
それだけ、生きにくい時代になっているのね、とは思うが、このまま行きつくところまで行ったら、この社会はどうなってしまうのだろう。
困難だからこそ、ストレス過多だからこそ、お互いを許容し合い、迷惑を掛け合いつつ、支えあって暮らさねばならないのにねえ、と思うばかりだ。(ノンフィクション作家 久田恵)
(2007/10/19)