産経新聞社

ゆうゆうLife

(42)グランドピアノは必要か

 92歳の老父は、要介護5。

 紙おむつ代が、月約1万5000円ほど。これって結構なお値段よねえ、と思っていたら、役所に申し込めば、このうちの8000円分ほどが、1割負担で支給してもらえるのよ、と聞いた。

 父の年金のほぼ全額が介護費用に消えていく今、少しは頑張らねばと、申請に出掛けた。

 久々の区役所である。

 広いロビーにはグランドピアノ。案内の受付嬢も配置されていて、おお、なんて立派。でも、グランドピアノがなぜ? 受付嬢もなぜ? と首をかしげつつエレベーターで福祉事務所へ。そこで、病歴とか介護状況とかいろいろ書き込んだり、所得を調べてもらったり…。印鑑を忘れなかったのは上出来だったけれど、うっかり父の生年月日を間違えて、やり直し。どういうわけか申請書の類が苦手で、スムーズにいかない私なのである。

 そんな私の隣では、介護中らしいかなりの高齢女性が困惑中。

 まず紙おむつ支給の申請書を出して、登録番号が届いたら、指定のセンターに電話で商品を注文し、品物が届いたら代金の1割分をその場で払うか、郵便振り込みにするかを選択する。 

 この流れが全然のみ込めないらしく、説明する方も四苦八苦。聞くほうも四苦八苦。

 続いて、私の方は、老父の障害の申請をすれば、確定申告で廃止になっちゃった老年控除の代わりに、40万円の控除が受けられる、と親切にも教えられて思わず声が上がる。

 「えーっ、本当に! 知りませんでしたよー」

 「区報でお知らせしてますけど。毎年、あなたが障害の申請手続きをしさえすれば、税金がかなり安くなるんですよ」

 「えーっ、私が毎年、申請すれば、ですか? 娘とか家族とかいない人は、どうなります?」

 「さあ…」

 まったくもって、日本の福祉行政の、この徹底した申請主義には、やれやれである。情報を自ら得て、申請しなければサービスが受けられない。

 該当しそうな人には、連絡してくれるとか、手続きを簡便にするとかの工夫がほしい。高齢になればなるほど、こういった手続き能力は低下するから、必要な人ほどサービスからこぼれ落ちていくことになる。

 グランドピアノや受付嬢より、優先されるべきことがあるのじゃないのかしらねえ。(ノンフィクション作家 久田恵)

(2007/11/02)