産経新聞社

ゆうゆうLife

(44)女の人生「いつか」なし

 「私のこと覚えていますか?」

  そんなはがきが舞い込んだ。

 見れば、音楽に合わせて、文学作品を「一人語り」する、すてきな公演の案内だった。10周年記念、と晴れやかに銘打たれていた。

 その日、私は仕事の予定が入っていて聞きに行けなかったのだけれど、20年前、たった一度だけ会ったことのある彼女の名前を記憶していた。

 あれは、地域の女性サークルから頼まれた講演会でのこと。幼い子どもを連れてきていた彼女は、演劇をやっていたのだけれど、結婚して子どもを持ったら、なにもできなくなった、と嘆いていた。

 でも、夢は失いたくない、子育てが終わったら、いつか、いつか、絶対にまた、やるつもりでいるんですよー、と言っていた。

 それじゃあ駄目よ、女の人生に「いつか」なんて日は来ないわよ、やりたいことは、その時々の条件に合わせてやり続けなくちゃ、一生、なんにもできなくなると思うよ。先輩顔で、そう、言った覚えがある。

 なにしろ、当時、こちらは、60代で倒れた母の在宅介護の真っ最中。介護も子育ても仕事もしながら、めまいのするような日々を送っていた。ええっ! 子育てごときで、なんにもできないなんて、それ、なに? という思いでいた。

 つまりは、「お出掛け不自由」な身で、なんとか自分の人生を切り開きたいと悪戦苦闘していたので、女の人生に「いつか」なんてない、と乱暴なことを言い切ってしまったのだった。

 事実、母を見送った後、今度は父の介護が始まり、私の場合、すでに介護歴20年が経過。「いつか」などと思っていたら、私の人生はとんでもないことになり、今ごろは、経済力も失い、うつうつとした日々を送っていただろうと思う。やっぱり、女の人生に「いつか」はないのだなあ、と思っているわけで…。

 ともあれ、彼女は、今度の公演を「ずーっと続けてきたご褒美」と称し、10年、続けた節目に、「覚えていますか?」と私に声を掛けてきたのだった。

 そう、彼女もどこかできっと思い切ったのだろう。仲間と一緒にやる演劇は無理でも、一人で文学を語るという形なら、子育てしながらでも続けられるだろう、と。

 なにごとも、10年、一生懸命打ち込んだことは、必ず、実を結ぶ。30代で始めたら、40代に。50代で始めたら60代に。

 それが、いろんな女性たちを取材してきた私の実感である。(ノンフィクション作家 久田恵)

(2007/11/16)