産経新聞社

ゆうゆうLife

(48)家族こそ言葉で伝えて

 50代の男性が、冗談めかして嘆いてみせた。

 大学生の娘が、口を利いてくれない、と。さらに、高校生の息子は、彼の姿を見ると、すっと立って、2階の自分の部屋にいってしまう、と。

 さらにさらに、早目に帰宅をすると、妻が「あらあ、なんでこんなに早いのよう」と文句を言う。けれど、最近、彼は、会社の部署が変わって閑職に追いやられ、夕方、5時になったら帰宅せざるを得ない。でも、お金がないから、遊ぶわけにもいかず…。

 「で、駅前のパチンコ屋で、あえて時間をつぶして、ころあいを見て家に帰るんです」とか。

 いやあ、男は哀れなもんですなあ、家庭に居場所がないですなあ、と自嘲(じちょう)的に笑ってみせる彼になんと言っていいものか。

 こちらの本音としては、「自分の家なんだから、家族の顔色などに一喜一憂せず、ドンとかまえて、自分の居場所は自分で作ればいいんじゃないんですか」と思うのだけれど、よその家の夫を叱咤(しった)激励するのもねえ。

 それで、つい、調子を合わせて「いや、それってフツウでしょう。自立期の子どもが親に背を向けるのは、むしろ健全と言っていいでしょう」と言ったとたん、彼の口調が明るんだ。

 「そうですよね。ほら、○○ホームの家を建てたら、娘がにこにこして父親に寄り添ってくるとか、家族そろって食卓で鍋囲んで、みんなで笑っているとか、そんなCMばかり見せられているもので、自分の家庭がことさらヘンに思えて、つい深刻に悩んじゃったりするんですよねえ」

 悩む? なるほど、そうなのか、彼は愚痴っているだけではなく、悩んでいるのか。

 そして、たぶん、彼の子どもたちは、父親がそのことで悩んでいるとは夢にも思っていないだろう。さらに妻も、夫が気を使って、帰宅をあえて遅くするためにやりたくもないパチンコをしているなんて、考えもしていないだろう。

 家族ってなんだろう、とあらためて思う。

 もっとも親密な間柄のように見えて、もっとも気持ちの伝わっていない関係。家族なんだから言わずとも分かるはず、と思いがちだけれど、実は、家族だからこそあえて言葉にしないと、なにも伝わらない、と肝に銘じていたほうがいいのかもしれない。

 男も女も些細(ささい)なことから、重大なことまで家族の悩みは尽きないようだ。(ノンフィクション作家 久田恵)

(2007/12/14)