産経新聞社

ゆうゆうLife

(61)久田恵

 ■子育て終え気付く現実

 とある集まりで、「人生がすっかりムナシクなってしまった」と嘆いた人がいた。

 なんと、息子が早々結婚してしまったからだそうだ。

 あらら、そんなことで?と周りの人があきれて、「今や、結婚しない息子に悩んでいる人が大勢いる時代なのに」と言った。

 ところが「事情が違う!」と彼女は、大主張したのだった。

 聞けば、彼女は元お受験ママ。それはもう、半端じゃない時間とお金とエネルギーを子育てに投入してきたのだそうだ。

 小学校受験に失敗してもめげなかった。親子で頑張って、泣き泣き敗者復活に臨んだ。むろん、厳しい塾通いの日々。その甲斐(かい)あって有名私立の中高一貫校に息子は合格。そして、世間で一流と称される大学に進学、就職先も人に「へーっ」と言われる有名企業に決まった。

 つまりは、彼女の願っていた子育てのゴールに晴れて到達。ところが、それを喜ぶまもないまま、息子が、あっというまに結婚。

 ええっ! ウソーッ! という感じ。もう、青天の霹靂(へきれき)。

 それも「できちゃった結婚」とか。しかも、しかもである。息子の彼女は一人娘。親の方は「娘よ、エリート男をよくぞゲットした」と、家の敷地内に新居まで用意してちやほや、手出し不能な状態に囲い込まれてしまったとか。

 要するに、彼女としては、母親人生をかけた血と涙の結晶の息子をいきなり現れたよそんちの親にかっさわれてしまった、というかっこうなのだそうだ。

 そこまで聞くと、さすがに周りは、まあ、と吐息をついてシンとしてしまったのだけれど、ふと、誰かがつぶやいた。

 「だからね、子どもにお金やエネルギーをやたら注ぎ込むなんて、ほんと無駄ってことなのよ。むしろ、老後資金として、自分たちのために貯蓄すべきだったのよ。それが賢い親ってことねえ」。このミもフタもない感想に、一同、なるほどと納得。

 そう、子育てを終えて、やっと気がつく現実、というものがあるのだった。

 子育てに目下、四苦八苦の母親たちに「お受験ママのある結末」としてこの寓話(ぐうわ)のようなエピソードを伝えるとすごくウケる。

 実は、どこかでみな「過剰な頑張り」や「過剰な教育費の投入」って、無駄かもしれない、少なくとも「母親である私の人生を幸福になんかしない」と気付いているにちがいない。(ノンフィクション作家)

(2008/03/28)