産経新聞社

ゆうゆうLife

(86)“未経験”が今後の楽しみに

 朝の散歩の途中、出会った知人がつぶやいた。

 「今日から2日間、夫も娘もいないのよ」

 「じゃあ、のんびりねえ」

 と、なにげなく答えたら、「そうじゃないの、不安よ、心配よ、どきどきしちゃう…」と言う。

 な、なんと、彼女にとって「夜、家に一人」は、初体験とか。

 60歳代で? 結婚して四十数年も経っていて? そ、そ、そういう日が一度もなかったなんてえ…。

 「だったら、一人旅とかもしたことがないの?」と聞いてみたら、「あったり前じゃないの」と即座に言われた。

 思えば、「映画を一人で見たことがない」とか「スナックとかに行ったことがない」とか。

 はたまた「エステに行ったことがない」(これは私ですけど)とか、「外国に行ったことがない」とか、「パンを焼いたことがない」とか。

 そう、大きいことから、小さいことまで。どうでもいいことから、どうでもよくないことまで、いろいろ、人には体験していないことがたくさんある。

 私の知人には、子育てを卒業してから、「ささやかだけれど、一度はやってみたいこと」をひそかにリストアップして、そのひとつ、ひとつに毎年根気よくチャレンジしている人がいる。

 それが、とても楽しい、と。

 で、これまでどんなことを試みたのかしら、と聞いたら、「ハーブを育てる」「服を作る」「陶芸でお皿を作る」「ボランティアをする」といった、ほんとうに人生に有用なことばかり。

 「自分の家を設計してみたい」とか「アフリカに行きたい」とか、夢想、妄想タイプの私とはまるで違うけれど、どんな体験も、必ず、視野を広げ、自分に対する新たな発見になる。

 あれこれやっているうちに、ひとつのことにハマってしまい、それが新たな出会いや、人生の展開のきっかけになったりもするかもしれない。

 ちなみに、初めての「夜、家に一人」を体験した知人に、その後、どうだった?と確かめてみたら、彼女いわく、

 「それがね、1日目は不安だったけど、2日目には慣れちゃって、ああ、これもいいもんだわーって、思ったわ、ふっふふ…」ですって。

 なんか、自信ありげに目が輝いていたりして。そう、どんなささやかなことでも、やってみるにこしたことはない、ということ。

 未経験なことが多い人ほど、今後の人生が面白いかもしれない。(ノンフィクション作家 久田恵)

(2008/09/26)