「とうとう故郷を喪(うしな)ってしまった」と、知人が嘆いていた。
両親の住んでいた実家が代替わりしていって、気が付いたら、もう縁者がいなくなってしまい、寂しいということだった。
思えば、団塊世代の父母までは、老いたら、田舎に戻って、畑でも耕して暮らすかなあ、という人が少なくなかった。
事実、地方には、定年後に故郷に戻ってくるUターン組が必ずいて、元同級生たちと地域の活性化に貢献したりしていた。
いや、定年にならずとも、都会の生活にゆきづまったら、「田舎に帰る」という選択肢があった。畑もあるし、食べることだけはなんとかなるかも、と。
「ウサギ追いしかの山…」と歌われた「故郷」は、日本人にとって、いざとなったら、戻っていける心のよりどころのような場所だった。それが、どこにもない、というのは確かにね、寂しいかも。
と思っていたら、ご近所に住む人生の大先輩の知人から、な、なんと「故郷探し」なんていうツアーへの誘いを受けた。
80歳代半ばの彼女いわく。
都会人の「故郷喪失」は、なんだか寂しい、なんて甘い話じゃないのよ、と。都会人が、今後生きていくための危機管理対策として、「一家に一故郷」が必要とのこと。
地震、戦争、食糧危機、新型ウイルスの蔓延(まんえん)などなど。いや、いや、そんな大事ばかりではない。まさかのリストラで突然、ホームレスなんてことになるやもしれぬ時代だ。
だから、今のうちになにかあったら逃げ出せる場所、自力で耕せる土地、雨露のしのげる家などを確保しておいた方がいい、子や孫のためにもね、というのである。
目下、地方は空き家だらけ。空き土地だらけ。しかも格安。この機会を逃しちゃ駄目よ、とか。
なるほど、いざというときに帰れる「故郷」を、人生の危機管理として自立自助で作っておくべき時がきている、ということか。
大先輩は力説する。
「世界情勢は悪化しているし、まるで時代は二・二六事件のころのような空気よ。戦後、食べるものがなくて、私たちはアスファルトの道路をはがして、畑にしたんだから。都会人には、いざというときの疎開先がなきゃだめなのよ」と。
なんだかね、言われれば言われるほど、そんな気もしてくる。自前の疎開場所ねえ、と思う。
というわけで、「故郷」なき私は、彼女の企画したツアーに行くべきか行かざるべきか、気持ちゆれゆれで思案中だ。
(ノンフィクション作家 久田恵)
(2009/03/30)