産経新聞社

ゆうゆうLife

(119)人けのない森の中で執筆

 人の暮らしの条件っていろいろよね、などと言うのは、いまさらなにを言っているの、ではある。

 でも、女性に限っても、夫のいる人いない人、子供のいる人いない人、介護のある人ない人…。暮らしの条件次第で、得ているものと得ていないものはさまざま。だとしたら、得ていないものにウジウジするより、今得ているものを生かし切るのが人生の知恵、と私は思ってきた。

 簡単に言えば、自分の立場のメリットを生かして、デメリットを補え、ということかしら。

 そうやって20年、親を介護し、子どもを育て、気が付いたら、びっくり! 60代で女の一人暮らしである。

 正直言って、予想外の人生の展開ではあるけれど、自分が目下、得ているこの条件を生かし切っているかと言えば、全然だめ、ということに、突然、気がついたのだった。

 なんだって、私、相変わらずの日々を送っているのだろう、と。

 そもそも、在宅ワークの自由業という仕事のメリットさえ生かし切れていない。そう、私は、出勤不要の身だったのだ。

 おまけに、出掛ける度に「どこへ行く?」と聞く人はいない。「いつ帰る?」と言う人もいない。昔は、老父が実にうるさく尋ねるので、仕事の場合でさえ、お出掛けすることに罪悪感を覚えてしまう私だった。

 が、しかし。いまや、何日、家を空けようとも、困る人もいない。心配する人もだあれもいない。

 今のうちに、このメリットを生かし切らなくてどうする?と思う。足腰を痛めて、いつ、お出かけ不自由になるか分からないお年ごろでもあるのだ。

 というわけで、衝動的に、電源も電話線もなしに通信ができるEMOBILEに加入した。

 なんだ、それがこの話の結論なのか、と笑われそうだけれど、私にとってどこででも、いつでも、パソコンで仕事ができて、原稿をメールで送れる、というのは、すごいことなのだ。

 ちなみに、今、この原稿は人の気配もない森の中の道端で、鳥の声を聞きながら書いている。

 見かけた人にあの妙な高年の女はなに?と首をかしげられそうだけれど。これで、ようやく、今、得ている自分の暮らしの条件を生かし切って生き始めているかしら?と自問自答する私だ。

 自由はすてきだ。

 すべての夫が、たとえ一年でもこの自由を妻に保障してあげたら、夫婦はみな仲良しになれるだろう。(ノンフィクション作家 久田恵)

(2009/05/25)