産経新聞社

ゆうゆうLife

(120)息子へのラブコール

 ある人から電話が来て、思いがけない質問をされた。

 「息子さんに、1日何回くらい電話をします?」だって。

 えっ! 1日に何回? 普通、何かの用事のあるときだけでしょう? と当惑して答えたら、こんな話だった。

 あんまり頻繁に彼女が電話をするので、1人暮らしをしている息子さんから言われてしまったんだそうな。

 「友だちから、母親からの電話は着信拒否にしちゃえ、とまで忠告されている」と。

 それで、どの程度なら親は息子に電話をしていいものかしら、と思ったらしい。

 いやあ、大変。

 誰が?って。彼女の息子さんが。1日に何回もなんて、考えられない。それで、いったい、どんな用事があるのかと聞いたら、ほとんど、「お父さん」(夫)が、どうした、こうしたとかいう愚痴らしい。

 それと、1週間に1回ぐらいは顔を見せてよ、とのラブコール。

 若い男に「1週間に1度、帰ってこい」の要求は過剰でしょう、と思う。

 それに、愚痴はまずい。

 母親の愚痴は、子供が一番、聞きたくない話だ。

 思わず、独り立ちした子供を追いかけては駄目、放っておいてあげなさい、自分の寂しさを子供で紛らわせようなんて見苦しい、自立した親になれ、つらくても電話はするな、と偉そうにガンガン説教をしてしまった。

 そうよねえ、電話をする度に悔やんでいるけれど、こうやって私は息子を追い詰めているのよねえ、と、彼女はシュンとして、声がぐんと小さくなってしまった。

 ものすごく後味が悪かった。

 彼女の気持ちに沿うように、話を聞いてあげればよかった、と狭量な自分に胸が痛んだ。

 そう、彼女の息子への過剰な執着には、きっと訳がある。夫との関係に問題があるとか。気の許せる友だちがいないとか、仕事とか趣味とか自分のエネルギーを燃やせるものがないとか。

 一人息子を持つ母は、つい「ストーカー母」になりがちで、私も、自戒、自戒、であるけれど、どんな対象も「追えば逃げる」は必定。

 電線のスズメだって、なんにもしないで眺めていれば、楽しそうにさえずっているけれど、とらえようとすれば飛び立ってしまうじゃないの、と思う。

 この例が適切かどうかは、疑問だけれど、1本の電話で、ま、そんなことをあれこれと思ったのだった。(ノンフィクション作家 久田恵)

(2009/06/04)