初めて手術を受けたのは、大学時代だった。なんてことはない手首の手術だったのだが、怖かった。手術台で患部に穴の空いたシーツをかけられたときは、気分は“まな板の上のコイ”。医師にとってはコイも人間も同じだろうと思うと、さらに怖さがつのり、麻酔注射や点滴さえ痛んだ。
その様子に気づいたのか、医師が話しかけてきた。「大学生なの?」「卒論は何を書くの?」。
なぜ、そんなことを聞くのかと思いつつ、受け答えするうちに怖さは消えていった。医師が私をコイだと思っていないことが分かったからかもしれない。
小児科医は診療の際に、子供を怖がらせないよう気を配るという。子供が泣いてしまうと、子供自身、不安だからなのか、痛いからなのか分からなくなる。そうなると、医師は痛みのバロメーターを失うからだ。
大人だって不安がつのれば、痛さは増す。痛ければ不安もつのる。不安と痛みは負の相乗効果がある。
緩和ケアの取材で先週、英国、ドイツに行った。主にがん患者の痛みと不安に対応するのが、緩和ケア。眠れない、食べられない痛みを薬で抑え、患者や家族の不安や落ち込みに対応する。
日本でも、ホスピスや緩和ケア病棟で行われている。早期がんでも3割に痛みがあることから、早期からの必要性が「がん対策基本法」に盛りこまれたばかりだ。
痛みを「我慢しなければ」と思う人も多いが、痛みや不安は訴えていいのだ。鎮痛剤をうまく使えば、ほとんどの痛みはコントロールできるという。
医師や看護師、心理士など、緩和ケアがチームで行われるのは、不安は人にしか癒やせないからだろう。ある看護師は「一番大切なのは、そこに共にいること」と言った。人を癒やすのは、いつも何より、人の声や手だったりするものなのだ。
(ゆうゆうLife編集長 佐藤好美)
(2006/10/06)