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イチジクの木の下で

 「薬を投与すると、意識がなくなります。話したいことがあれば、今のうちに話しておいてください」

 患者の最期が迫り、医師が家族にそう語りかける。一昔前のドラマではお決まりだったシーンに、痛みのケアを専門とする医師が憤慨していた。

 「そんなことが、しょっちゅうあるとすれば、医者の腕が悪い。ドラマチックだから、そういうシーンを作るんでしょうが、私は知人のテレビ記者に『ああいうシーンは、緩和ケアやモルヒネなどに誤解を招くから困る』と、抗議したこともあります」

 医師が患者の痛みの程度をていねいに聞いて薬を加減すれば、患者は眠らないでも、質の高い時間が過ごせる。そのための緩和ケアだから、眠ってしまっては意味がないというわけだ。

 とはいえ、難しいケースもあるようだ。ドイツで緩和ケアを取材したとき、医師がこんな例を挙げた。がんの骨転移がある場合、ベッドから降りると体中が痛むが、歩いても痛くないほど薬を使うと、ベッドでは眠るだけになってしまう−。「バランスが重要。徹底的に話し合って、患者さんがそれでもよければ、そうします」

 選択肢を示し、医師の意向でなく、患者の決定を尊重するというのだ。「絶対的に大切なのは、そこに行き着くコミュニケーション。私は緩和ケアに携わって、それまでいかに患者さんと話をしていなかったかを実感しました」。緩和ケアは百人百様が求められるオーダーメードの治療なのだ。

 医師は病棟のテラスにわざわざ案内してくれ、そこで看取(みと)った患者の話をした。「彼女は常々、『この木の下で逝きたい』と言っていて、その通りに逝きました」。

 望む通りの方法で患者を送れて本当に良かったと、かみしめるような口ぶりだった。見上げるようなイチジクが、秋空の下、大きな若緑色の葉を茂らせていた。(ゆうゆうLife編集長 佐藤好美)

(2007/09/21)

 

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