産経新聞社

ゆうゆうLife

緩和ケアのタネをまく

 2年前、首都圏の住宅街にある診療所を訪れた。「休診」と札のかかった扉を開け、言われていた通りに上がりこみ、薄暗い階段を昇る。2階では、7〜8人の患者がベッドで未承認の抗がん剤の点滴を受けていた。

 52歳の女性会社員は大腸がん。老いた母親と2人暮らしだ。大病院で「もうできることはない」と、退院を迫られた。「そんなこと言われたって、どこへ行けばいいのよねえ。未承認薬は高いし、人生のカケね」

 終始、ユーモラスで、余裕のある笑顔。原稿に添える写真に困る私に、「会社にはがんだと知らせてないから、顔はだめよ」と言いながら、撮影も許してくれた。しかし、彼女の置かれた状況がいたたまれず、カメラをきちんと向けられなかった。

 「もう、治療法はない」と、宣告された患者に、ある医師が欧米並み、最先端の治療をしているのだった。未承認薬の使用は軋轢(あつれき)を生んだらしく、医師は勤務先を辞したばかり。休診の診療所を“がん難民”のために借りる。

 長く、医療を取材してきたが、それは不思議な光景だった。

 先週末、国立がんセンターが緩和ケアの指導者研修会を開いた。そこで講師が言った。「手術や治療を任務とする大病院が手立てのない患者さんを置けないのは分かる。しかし、近隣の病院や往診医らと協力し、患者さんが行き場を失わないようにしてほしい」

 研修会は「10年以内に、がん医療に携わるすべての医師が緩和ケアの基本を身につける」のが目的。各都道府県から医師が2人ずつ参加した。

 地方の医師の質問に答え、講師は訪問看護事業所とどう連携したか、理解のない病院長をどう説得したかを熱心に伝えた。心温かな医療を、どこでも受けられるように。参加者はこのタネを地方に帰ってまく。それが根付けば、がん医療はきっと良くなる。そう思わずにはいられない2日間だった。

(ゆうゆうLife編集長 佐藤好美)

(2007/10/19)