産経新聞社

ゆうゆうLife

患者を救う、明日のプラン

 「体調が少し良くなったら、病院の庭にテントを張って過ごしましょうか」

 長野県の諏訪中央病院は、東に八ヶ岳、南に中央アルプスを望む。末期がんの30代女性の病室で、鎌田實医師が山並みを眺めながら言うと、女性の顔がぱっと輝いたという。

 山好きのご夫婦は、最期のときを信州で過ごそうと、緩和ケア病棟にやってきた。「ひょっとしたら、1日くらい山へも行けるだろうか」という夢さえ抱いて。しかし、女性にはもう、それだけの体力は残っていない。

 鎌田医師は「残された時間と体力でも、できるかもしれないこと」を沈みがちな夫婦に提案したのだった。その日から、「病院の庭にテントを張ろう」が、2人の合言葉になった。

 女性は結局、それさえ実現できずに亡くなる。しかし、後日、ご主人は鎌田医師に「先生、あの言葉が、僕たちには、本当に救いになりました」と、伝えたという。

 限られた時間の中でも、明日のささやかなプランがあることは、人を生きる気持ちにさせる。たとえ、達成できなくとも。

 介護の現場でも、似た話を聞く。「墓参りに行きたい」「もう一度、着物が着たい」。介護が必要になって高齢者があきらめかけたことに、介護職が気付くと、リハビリや日々の暮らしも身近な目標にできる。したいことを取り戻すことは、生き返るようなものなのかもしれない。

 他人のささやかな願いに気付くことは難しい。しかし、プロの介護職には、高齢者の行動や発言から人となりをつかむ観察力がある。鎌田医師は話すときの立ち位置や目線、人に思いをめぐらせる想像力を挙げる。

 医療や介護の場で、明日のプランが目を見張るような変化のカギになる話を聞くにつけ、「気付く技術」には診療報酬も介護報酬もつかないけれど、専門性だと思うのだ。(ゆうゆうLife編集長 佐藤好美)

(2008/01/11)