利用した分の薬代を後から払う「富山の置き薬」。この日本の伝統的な医療のスタイルがモンゴル遊牧民らの間で広がり始めた。遊牧民の暮らす草原は、医療の空白地帯。日本のNGO「ワンセンブルウ・モンゴリア」(森祐次理事長)が遊牧民の健康のため、置き薬事業を始めたのだ。建国800周年を迎えたモンゴル。草原の国を訪ねた。(柳原一哉)
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なだらかな丘がうねり、草原が三六〇度広がる。遮るものがないため空が高い。ぽつんと見える白い点はゲル(遊牧民住居)。その近くに点々とするのは遊牧民が飼うヤギやヒツジ、ウマ、ウシなどの家畜だ。
首都ウランバートルから、かつて走った車が残したわだちの「道」を南下する。ゴビ砂漠方面へ約300キロ。ドンドゴビ県の草原に、置き薬を常備するゲルがあった。
「近くに病院はないから、置き薬は本当に役立っています」。ドルゴルさん(75)と2歳の娘を抱いたバトサインさん(32)は「富山方式」を手放しで喜ぶ。
ヤギなど約200頭を飼って暮らす生活だけに、草原は仕事と生活の拠点だ。村落の病院までは約20キロあり、バイクやウマで3時間以上。零下30度にもなる冬は、雪が行く手を阻む。容体がよくないと往診を頼むこともあったが、待たなければならない。
「子供が発熱したり、食中毒を起こしたら、すぐ手当てをしたい。そんなときに置き薬は必需品です」とドルゴルさん。
先に使って後から払う「先用後利」の仕組みも、「最初は戸惑った。でも、家畜を売って現金が入る春と秋、2回の支払いで済むからかえって助かる」と、なじんだ様子だ。
置き薬の中身はモンゴルの伝統医薬品だ。かぜなどに効く「マン4タン」や食中毒に効く「シジェド6」など、初期治療用のものが1箱(1000円)に詰め込まれ、遊牧民の健康を見守る。
こうしたキットが今、遊牧民らを中心に約1万世帯(今年4月)に普及しているという。
(2006/10/13)