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お産が変わる?(2)過度の集約化…病院遠く

 ■遅れる搬送、増すリスク

 お産の場所が急激に減るなか、厚生労働省は分娩(ぶんべん)施設を確保するため、産科医を拠点病院に集める「集約化」を進めています。しかし、産科医の極端な不足で、地方や都心でも自然発生的に過度の集約化が進んでいるのが現状。このままでは、妊婦の選択肢も失われ、お産のリスクも高まると、専門家らは指摘しています。(北村理)

 岩手県出身の助産師、佐藤美代子さん(28)は今春から、新婚の夫を地元に残し、東京・国分寺の矢島助産院で研修を重ねている。「助産所がひとつもない」といわれる同県で助産所を開業するためだ。

 佐藤さんは地元で、約5年間、助産師として病院に勤めた。同県では医師不足のため集約化が著しく進み、14あった拠点病院の産科が次々と閉鎖され、現在は9カ所になっている。

 しかも、高速道路網は中西部に偏在し、「冬場は、妊婦が外来の診察に通うのも車で4時間はかかる」という。

 佐藤さんは病院勤務時代、病院に到着した救急車のなかで赤ちゃんが生まれる「車中分娩」を幾度か経験した。集約化の結果、個々の妊婦さんの住まいから病院までの距離が極端に遠くなり、陣痛から出産までに、妊婦の搬送が間に合わないケースが絶えないのだ。

 「こんな状況では子供を産むな、といっているのと同じ。そんな状況に一石を投じたい」と、佐藤さんはいう。

                 ◆◇◆

 産科医の不足で、厚労省は助産師を増やす施策とともに、産科医を拠点病院に集め、分娩も集約化することで出産場所を確保しようとしている。

 しかし、極端な集約化には疑問の声が相次ぐ。日本産婦人科医会は「絶対的に産科医が不足している現状では、拠点病院の数が限られる。それでは、拠点病院に妊婦さんが過度に集中するし、拠点病院が遠くなれば、搬送体制も維持できなくなる。結果、周辺の診療所閉鎖にも拍車がかかる」と指摘する。

 長野県の上田市産院の廣瀬健副院長も「高次医療機関に産科医を集約させると、病院分娩が過度に進み、それを望まない母子にとっては、著しく選択肢が狭まる」と警告する。小さなクリニックや産院で、気心の知れた医師と助産師にお産を取ってもらいたい妊婦にとっては、行き場がなくなるというわけだ。

 同院は母親の自然分娩と母乳育児を推進し、世界保健機関(WHO)と国連児童基金(ユニセフ)から、同県で唯一「赤ちゃんにやさしい病院(ベビー・フレンドリー・ホスピタル)」に認定された、地域の分娩拠点だ。

 しかし昨夏、同院に医師を派遣している信州大学医学部が、産科医の引き揚げを上田市に通告。反発した地元主婦らが集めた約10万人の署名が奏功し、存続が決まった。

 廣瀬副院長は「欧米でも集約化が進められた結果、診療所が閉鎖したり、分娩の集中で病院では母子へのサービス低下を招いたりし、今は見直しが進められている。極端な集約化は、妊婦さんの安全性を担保することにならない」と指摘する。

 廣瀬副院長によると、英国・ロンドンのある拠点病院(年間分娩数3320件)では、分娩の集中が進んだためか、2002〜03年の1年間に帝王切開率が30%(日本15%、厚労省抽出調査)近くにのぼり、結果、7人の妊婦の死亡があったという。

 こうした事態を避けるためには、「正常分娩は地域の産院や助産所に振り分けるなど、分業体制を明確にすることが必要だ」と、廣瀬副院長は強調する。

                 ◆◇◆

 過度の集約化が進み、搬送体制が十分でないまま、お産の危険性が増しているのは、地方だけではない。

 昨夏、都内のある助産所で、新生児が母体の突発性トラブルから死亡した。助産所では、救命措置をしながら、近くの拠点病院に連絡し、新生児の引き受けと治療を依頼した。

 しかし、医師らが救急車で到着したのは、約1時間も後だった。近くの消防署の救急車が出動中だったほか、連絡した先の拠点病院が消防署に連絡を入れたのは、20分もたってからだったという。

 この助産所のある地域は近年、診療所が減少し、都心の約20カ所の拠点病院に搬送が集中している。この助産所によると、「診療所や助産所からの搬送は、3回のうち2回は、『ベッドがない』と断られる。10カ所目でようやく搬送先が決まることもある」という。

 こうした状況で、一部の産科診療所は「緊急時の受け皿なしでは、お産を扱えない」と、閉鎖を検討し始めたという。過度の“集約化”による診療所の閉鎖と、妊婦さんのリスク増は、既に始まっていると言っていい。

 冒頭の佐藤さんは「地域のお産を支えるため、来年には、岩手県に戻って助産所を開きたい」という。しかし、助産所開業を目指しても、行政の支援があるわけではない。それでも、「でも、妊婦さんのために、帰ってやってみるしかない」と話している。

(2006/10/24)

 
 
 
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