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すこやかに逝きたい(1) 「在宅で」追いつかぬ態勢

セント・クリストファー・ホスピス。看護師のシシリー・ソンダースさんが末期患者との出合いを機に、医師資格を取り、1967年に設立した=英国・ロンドン郊外(佐藤好美撮影)



 命の終わりのとき、どんな環境にいたいかは人それぞれですが、できれば家族と一緒に、自宅で過ごしたいという人は多くいます。そうは思っても、容体急変や家族の看護負担など、不安な要素は尽きません。がんの痛みや心のケアに精通した往診医も、まだ少数です。最後まで自分らしく過ごすためには、何が必要なのでしょうか。在宅支援に本格的に乗り出した英国やドイツなどの例も紹介しながら、すこやかに逝く可能性を探ります。(佐藤好美)

 静岡県熱海市に住む山口静子さん(84)は今年4月、自営業だった息子の新(あらた)さん(享年59歳)を、下咽頭(かいんとう)がんで亡くした。

 長い闘病と度重なる手術の末、「あと半年」といわれたのが昨年暮れ。病院で在宅療養を勧められ、静子さんも「家で看取(みと)ろう」と決意した。しかし、自宅近くには往診してくれる医師がいなかった。「こんなに医学が進んでも、往診してくださる医師や病院が少ないのは、どうしてなんでしょうかね」と静子さんは言う。

 結局、往診してくれる医師のいる地域に転居し、在宅療養を始めた。

 がん末期の患者は人にもよるが、比較的遅くまで寝たきりでない生活が送れる。新さんも死の3週間ほど前までは海岸を散歩したり、自宅で新聞を読んだりしていたが、日増しに衰え、ガタガタッと悪くなった。

 治療の過程で声帯は失われていたので、会話は筆談。してほしいことがあると、鈴を鳴らして静子さんを呼んだ。栄養は胃に直接、チューブで入れていたが、味覚はある。静子さんはいいお茶をいれたり、みそ汁を作ったりして、口に含ませた。

 「『今日のおみそ汁の具は、何だと思う?』と聞くと、息子がシイタケとか、新タマネギとか書くんです。『病院ではしてもらえなかったことが、家ではしてもらえる。生きる希望が持てる』って書いてくれましてね…」

 死の数日前まで、新さんはたんの吸引も自分でしたし、トイレも自力で行った。そして、往診の翌日の明け方、苦しまずに逝った。家での療養は2カ月間。静子さんは「今も筆談のメモを読み返しては泣きますが、悔いはありません」という。

                     ◇

 自宅で亡くなる人は平成17年に全体の1割強。8割以上が病院などで亡くなる。この半世紀に割合は、ほぼ反転した。

 しかし、できれば自宅で逝きたいと考える人は多い。厚生労働省が行った調査でも、6割近くが「できるだけ自宅で療養したい」とした。

 ところが、静子さんが転居までしなければならなかったように、末期患者の往診、看取りに対応する医者はわずかだ。

 今年4月、厚労省は在宅患者を看取る診療所の報酬を大幅に引き上げた。訪問看護ステーションなどと連携して、患者の夜中のSOSにも対応する「在宅療養支援診療所」を新設。往診や緊急対応を手厚くし、往診先の患者の看取りには10万円を加算した。

 高い報酬が功を奏したか、「在宅療養支援診療所」に手を挙げた医療機関は5月時点で8595カ所。全診療所の1割にあたる。これまで一定数の看取りをしてきた診療所は全国に150〜200カ所程度とみられるから、“激増”だ。

 しかし、中には「急ごしらえ」のところもありそう。ある訪問看護ステーションの責任者は「あちこちから『在宅療養支援診療所に申請したいので、名前だけ貸してくれ』と頼まれました」と打ち明ける。ほかにも、「火曜と木曜だけ、24時間対応を引き受けてくれ」という依頼もあったという。「末期の患者さんを曜日分けで看るなんて、非現実的。患者さんだって不安です。そんな対応で、看きれなくなったら病院に帰すのでは、病院だって『在宅看取りって何だ』ってことになりますよ」と、憤慨する。

 新さんを看取った「梅園ヘルスケアクリニック」(熱海市)の太田正保医師も「がん患者さんの看取りは、モルヒネなど痛みのコントロールの経験も問われる。経験がないと、なかなか難しいのではないか」としたうえで、「在宅医療にやりがいを感じる医者はいる。長期的視野でサポート態勢を作ることが必要だと思う」と話す。

 厚労省が在宅の看取りを推進する背景には、医療費削減のねらいもある。入院の医療費は月平均、約41万円だが、死亡前1カ月では、112万円にはね上がる。末期の患者に対して、亡くなる直前に行われる延命治療の中には、過度なものも含まれていると指摘されている。

                     ◇

 在宅療養支援診療所が量、質ともに充実しなければ、終末期の環境は良くならない。経験が浅くても十分に対応できるように、専門家などの強力なサポート態勢が求められそうだ。

 緩和ケアの先進国、英国では今年、「病院からもっと在宅に」の理念を盛り込んだ白書が出された。ホスピス普及のきっかけになったロンドン郊外の「セント・クリストファー・ホスピス」は開業医らとも連携し、地域の在宅ケア、終末期医療の核となっている。明日は、このホスピスの取り組みをお伝えする。

(2006/12/18)

 
 
 
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