■家族計画、衛生に悪影響
世界では「1分間に1人の女性が妊娠・出産で命を落としている」とされ、国連は、母子保健の向上を今世紀の目標にしています。日本でも、妊婦のHIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染者の増加が懸念されています。災害や貧困、女性の地位や教育などの社会的要因で影響を受けやすい母子保健を、日本のNGO「ジョイセフ」(家族計画国際協力財団)が支援するインドネシア事情などを通して考えます。(北村理)
世界有数のリゾート、バリ島に隣接するロンボク島の中心市街地マタラムから車で東へ約3時間。現地NGO「インドネシア家族計画協会」(IPPA)のスタッフが指さす先に、竹で編んだ橋があり、海を挟んで約100メートル先の小島が見えた。1日の収入が平均1ドル以下という同国の最貧困地区だ。
イナラさんは「30年ぐらい前にこの島で生まれた」という。1日の収入は1万ルピア(約130円)。漁業を営む夫は漁場近くの船上で生活している。収穫物を持ち帰る以外、めったに戻らず、子供4人と暮らす。
教育を受けていないため、数が数えられないので、年齢もはっきりせず、子供の数を聞いても、IPPAのスタッフの助けをかりて、指をおって確かめるほどだ。
イナラさんは7人の子供を産み、3人を亡くした。うち2人は、不衛生からくる感染症だった。出産は「助産師は費用が高く、病院は遠いため、自分ひとりでした」。へその緒は竹べらで切った。末っ子の5歳の男の子は最近、栄養失調と診断された。
「この教育レベルでは、そもそも家族計画という概念がない。母子保健の知識の欠如が子供の命を縮めている」と、IPPAのカタリーナさんは指摘する。
国の支援はほとんど届かず、ジョイセフが子供の食糧配布や妊婦検診、予防接種、衛生知識の普及などの支援を今年から始めた。
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1万3700もの島からなり、交通の便が悪いインドネシアではもともと、地域の診療所(ポシアンドゥ)が発達しており、衛生知識の普及と公衆衛生サービスを安く提供してきた。
30年前から支援にかかわっているジョイセフの高橋秀行理事は「寄生虫予防から始まった戦後の日本の地域保健衛生サービスを導入することから支援を始めた」という。
同国ではもともと、日本と同様、母子手帳などで保健衛生の知識を普及させ、住民主導で衛生改善や家族計画を普及させてきた。
しかし、1997年のアジア通貨危機、その後、30年続いたスハルト政権崩壊による国の財政悪化で「地方分権が進み、限られた財源のなかで公衆衛生の優先順位が下がり、地域の診療所の機能が著しく低下している」(フェルマン・ルピス・インドネシア大学医学部教授=公衆衛生)。
こうした環境激変が、冒頭のような母子保健のレベル低下を招いている。
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「途上国では、飢餓についで妊娠が大きな死因だ。理由は、女性の地位が低いため、女性が自分で計画的な妊娠を選択できないことや、安全でない周産期医療にある」と、国際家族計画連盟(IPPF)の新事務局長、ジル・グリアさんは指摘する。
IPPFの調査によると、全世界の妊娠は年間2億1100万件。うち8700万件が「女性が意図しない妊娠」で、約4600万件は中絶される。中絶の78%は途上国だが、先進国も22%にのぼる。「先進国でも、計画的でない妊娠により、母子の健康が損なわれている問題が根本的に解決されているわけではない」(グリアさん)
WHO(世界保健機関)によると、欧州では中絶を認めない宗教的理由などにより、闇中絶など「安全でない中絶」は毎年80万件にものぼるという。
日本の母子保健では、中絶年齢が低年齢化し、幼児虐待が増えたほか、厚生労働省の研究班の最近の調査によると、妊婦のHIV感染の報告例が増えている。また、妊産婦の死亡率(出生10万人あたりの割合、2004年)を先進国のなかで比較すると、日本が4・4なのに対し、スイス1・4、イタリア2・1、スウェーデン3・3、カナダ3・4、ドイツ3・7で、まだ課題はある。
グリアさんは「貧困や教育の欠如、社会的偏見、暴力などは世界中どこにでもある。また、感染症の流行は、人の移動が激しい今日では、多くの命に影響を与える。このため、国連では母子保健の改善を全世界に呼びかけている」としている。
(2007/01/08)