■見えない将来設計
メタボリックシンドロームを放置すると、老後に高額の医療費がかかりかねません。メタボリックシンドロームは、例えば糖尿病を起こしやすく、また糖尿病の合併症である動脈硬化も促進させます。(寺田理恵)
千葉県の会社員、大塚憲太郎さん(39)=仮名=は医療費控除を受けるため、毎年この時期に確定申告を行う。糖尿病で医療費の自己負担が年に約16万円もかかるからだ。
大塚さんが糖尿病と診断されたのは平成13年6月。片頭痛がひどく、精密検査を受けて血液検査で引っかかった。34歳の若さだった。
指標となるヘモグロビンa1c(エー・ワン・シー)が高く、血糖値も400に近く、医師から「糖尿病が強く疑われる人」とされるが、大塚さんは7・8%。医師から「命にかかわる」と告げられ、すぐ入院した。
糖尿病は、主に子供のころに発症する1型と、生活習慣が原因の2型がある。日本人のほとんどが2型。薬を飲まずにコントロールできる場合もあるが、インスリンが十分に分泌されなかったり、効きが悪くなったりすると、インスリン注射が必要になる。
大塚さんの場合、診断と同時に、インスリン注射が必要になった。医師は当初、1型を疑い、後で「たぶん2型」といったが、いまだにはっきりしない。
「学生時代はラグビー選手。たばこは吸わないし、入社2年目で痛風を患って酒をやめたので、健康状態を過信していたら、入院時に内臓脂肪が多いと指摘されました。今思うと、24歳ごろから、おなかはポコッと出ていたし、健康診断で高めの数値もあった。仕事の都合で食事時間が不規則だったのと、肉中心の食事が問題だったかもしれない」と大塚さん。
その年の医療費は総額約87万円。自己負担は約18万円にのぼった。
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現在は毎食前と就寝前の計4回、インスリン注射を打つ日々。2カ月に1回の受診時には窓口で約2万円を払うため、年間の自己負担はそれだけでも約12万円。
平成15年には、組合健康保険の加入者本人の窓口負担が2割から3割に引き上げられた。「この先どこまで自己負担が増えるか分からない」と、大塚さんは将来の生活設計に不安を感じる。
「そのころ結婚を考える相手がいました。家事手伝いの彼女と結婚すれば、私が養うことになる。しかし、糖尿病が進めば、合併症の治療も必要になる。経済的な不安で結婚をためらっているうちに、彼女が去っていってしまいました」
糖尿病を放置すると、網膜症、腎症、神経障害などの合併症を引き起こす。失明したり、透析治療が必要となることもある。脳卒中や心疾患などのリスクも高い。
大塚さんは糖尿病がもとで歯の検診と矯正が必要だ。最初に前歯が減り始め、1年ほどで折れてしまった。奥歯も失ったので「まだ悪化する」と覚悟している。眼科でも半年に1回、検診を受ける。
心配なのは、リタイア後だ。退職して国民健康保険料と医療費を払うと、年金収入の4分の1は消えるとみる。それだけに、医療費に関するニュースには敏感だ。先月、高齢者が医療と介護の両方を利用した場合、合計の自己負担額に上限を設ける「高額医療・高額介護合算制度」の記事を読んだときは、心底、安堵(あんど)した。
「糖尿病が進行すると、金銭面も含めて自己管理が必要です。将来設計が見えないのが、なにより不安。これ以上、医療費が増えたら老後は年金だけでは暮らせそうにありません」と話す。
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厚生労働省が抽出で行った平成14年糖尿病実態調査によると「糖尿病が強く疑われ、現在治療を受けている人」244人のうち、合併症のある人は神経障害15・6%、網膜症13・1%、腎症15・2%、足壊疽(えそ)1・6%。糖尿病の状態が続くと、合併症で体が不自由になるケースもある。
メタボリックシンドロームと糖尿病の対策で最も重要なのは、生活習慣の改善だ。しかし、患者本人が自覚して取り組む必要があるため、多くの医療関係者がその難しさを指摘する。
大塚さんが好きだった肉を食べるのは月2、3回。それも、たいていは鶏肉だ。ごくまれに「自分へのご褒美」と言い訳しながらハンバーガーを食べると、「昔はよく食べたな」としみじみと健康だったころを思いだす。
生活習慣病は20〜30年たたないと結果が分からない。働き盛りの間は問題がなくても、リタイア後に収入が減ったころ、医療費が増える可能性もある。老後は医療費も踏まえた自己管理が必要だ。
(2007/03/01)