患者の視点 医療に生かす(下)
■伝える 領収書に詳細明記 コスト意識高める
医療機関が発行する領収書に昨年から、検査や投薬など、項目別の内訳を記すことが義務づけられました。医療機関によっては以前から、項目別領収書や、さらに詳しい診療報酬明細を記した領収書を出してきたところもあります。背景には、患者の視点に立って、医療の内容をきちんと知らせようとの意図があります。(柳原一哉)
病院に勤務していた医師、加藤輝男さん=仮名=は50代に突入した平成13年、念願の開業にこぎつけた。「いつかは地域のかかりつけ医として患者を診たい」。転身の機会をうかがっていたところ、首都圏の新興住宅地に手ごろな場所を見つけ、クリニック(内科、小児科)を開いた。
経営は軌道に乗ったが、開業から1年後、患者数が伸び悩み始める。危機感から医療マーケティング会社「スナッジ・ラボ」(東京都千代田区、前田泉社長)に患者満足度調査を依頼した。
アンケート調査・分析の結果、評価が低かったのは加藤医師の態度や問診。「患者の訴えをしっかり聞かない」「説明がわかりにくい」と、さんざんだった。
加藤医師は「忙しいから患者を“処理”していた」と率直に認め、発奮して改善に乗り出した。「がまんの1分トーク」で、診察の冒頭1分は口を挟まず患者の訴えを聞く。最後には「ほかに何かありませんか」と尋ねて「傾聴」を実践。かいあって患者数は1年弱で1・5倍に増加した。
スナッジ・ラボの前田社長は「患者が話し始める前に『診なければ』と、肩に力を入れ質問を浴びせる。次の患者を待たせてはいけないと焦り、十分に患者の訴えを聞けていなかったのでは」と分析する。
さらに、加藤医師は15年、領収書を「診療」「投薬」「検査」などの項目別に記したものに変更した。義務化より3年も早い実施だ。15年は医療制度改革で窓口負担の引き上げが決まった年。調査で患者が医療費に不満を持っていることが浮き彫りになったため、加藤医師は「領収書で内訳を示し、理解してもらおう」と考えたのだ。
負担増は制度改革によるもので、加藤医師に責任はない。しかし、医療費がどうなっているのか、説明する責任はあると感じたという。
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埼玉県和光市の天野医院(内科、小児科、麻酔科)は項目別領収書よりもさらに詳しい「レセプト並み領収書」を発行している。診療報酬が請求の明細ごとに書かれたものだ。12年からカルテをパソコンで管理するようになり、カルテ▽診療報酬(保険点数)▽項目別領収書−の3つを、患者に1枚の紙で提供し始めた。
カルテ開示は5年に開業したときから。天野教之院長は当初、「患者に自分の病気をもっと知ってもらおう」と、病状をメモにして渡していたが、捨てられることも多かった。
「伝えてはいるが、伝わっていない」
そこで、「カルテなら保管してもらえるのでは」と、写しを提供してきた。レセプト並み領収書の発行も、その延長線上だ。ただ、それが患者の満足につながるかどうかはよく分からない。
先の前田社長も「レセプト並み領収書を出さなくても、患者数への影響は小さいだろう。患者満足度は医師の診察や態度に最も左右されるからだ」と話す。
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だが、厚労省の中央社会保険医療協議会(中医協)の委員で、レセプト並み領収書の発行を推進してきた勝村久司さんは、発行に大きな意義があるとする。「スーパーで野菜を買うと、品名と単価を書いた領収書が出る。なぜ医療機関でできないのか。レセプト並み領収書を発行すれば、患者にどんな医療を行ったか伝えられる。患者は不必要な検査や投薬も点検できるようになる」
中医協の議論では、「コストがかさむ」などの反対意見が出て、レセプト並み領収書の発行義務付けは見送られた。代わりに、義務づけられたのが、初診料や検査、投薬などの項目に分けた領収書の発行だ。
厚生労働省によると、義務に反した場合、医療機関は注意を受け、保険診療の許可取り消しなどの処分も受ける。同省保険局は義務化後、「項目別領収書は100%の医療機関で発行されている」と自信を見せる。
しかし、長女を陣痛促進剤事故で亡くした勝村さんは、医療が安全確保の面から厳しいチェックを受ける必要があると考えており、「将来はレセプト並みでなければならない」と訴える。
医療費の自己負担は常に関心の的だ。前田社長は「詳細な領収書発行で、患者はコスト意識を喚起され、さらに医療費に敏感になる。医療機関は患者負担に見合うサービス、説明の充実を迫られるでしょう」と話している。
(2007/04/18)