■医師任せにせず自己管理を 「見落としあり得る」
がんの専門家でも、検診結果を、どう判定するかは簡単ではありません。だからこそ、職場健診を行う企業や、受診者が健康管理に前向きになることが不可欠だといいます。(北村理)
「少し大きくなっているでしょう」
「いやー、変わらないでしょう」
「3年前と比べてみましょうかね」
「難しいケースですね。本人には一応、精密検査が必要と伝えておきましょう」
胸部を輪切りにしたスクリーンのCT(コンピューター断層撮影)映像を前に、国立がんセンター中央病院の金子昌弘・内視鏡部長ら、数人の呼吸器やがんの専門医らが、肺がんの判定を行っている。
東京・市谷にある東京都予防医学協会。約30年前、協会の中に会員制の「東京から肺がんをなくす会」が発足した。現在、会員は全国に約2000人。年会費5万円を払い、年2回の肺がん検診を受ける。
もともと、「喫煙愛好家のがん予防として始めた」(同協会)だけに、取り組みは熱心だ。平成5年には全国に先駆け、CTによる検診を開始した。痰(たん)とX線だった以前の検診に比べ、発見したがんの大きさは平均約30ミリから約17ミリになり、5年生存率が49%から80%に上がった。
CTの効用のようだが、同協会は「判定する医師の能力に負うところが大きい」という。なくす会の検診の特徴は、会員の追跡調査が厳密に行われることだ。検診には「精密検査をしたら、がんでなかった」ということがつきものだが、同会は結果を判定会にフィードバックし、さらに判定力向上に努めている。
金子部長は「CTではX線などに比べ、小さいがんが見つかる。しかし、同じ大きさでも、悪性のがんによるものや、そうでないものなど、数多くの症例があり、それをどう判断するかは、1人の医師では難しい」と指摘する。
同会は、X線や痰、CTなどの検査で“グレー”とした症例を、判定会にかける。それでも、冒頭のように意見の相違は避けられない。
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難しいのは、すべての小さい異常に精密検査が必要とすれば、病院がパンクしてしまうことだ。機械の精度が上がれば上がるほど、そうした矛盾も出てくる。
金子部長は「X線の映像の精度も、昔にくらべ、格段に向上した。CTでもX線でも、問題は判断する医師の能力だ。CTを導入すれば、がんが見つかるわけではない」と指摘する。
日本で最初のがん専門病院として設立された癌研有明病院(東京都江東区)の「健診センター」では、高橋寛所長らが「判定する医師の能力をチェックしている。がん治療の専門家でも、全員が検診に能力を最大限発揮できるわけではない」。高橋所長が判定の現場に立ち会ったり、症例の勉強会で「どんな小さい異常も見つけるという病院の姿勢を絶えず徹底させる」という。
東京都予防医学協会では「見落としはある」という前提で、「職場健診など、数多くのX線映像を判断する場合、医師の体調によっては断る場合もある。1人が担当する分量も限定し、静かな環境も確保する」と工夫を凝らす。
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昨日の紙面では、肺がんの発見が遅れて亡くなった藤沢良輝さんを紹介した。藤沢さんは「職場健診での『異常なし』の結果を、全く疑っていなかった」(妻のケイ子さん)。
癌研有明病院や東京都予防医学協会は企業からの健診も請け負うが、「はじめにコストありきで、健診内容に配慮が欠ける企業も少なくない」と口をそろえる。何を見つけるための検査なのか、企業自身が知らないケースもあるという。有明病院の高橋所長は「どのような健診を選ぶかは、企業の判断だが、職場健診ではがんの見落としの可能性もある。その限界を社員に注意喚起し、ある程度、自己管理を求めるべきだろう」という。
国立がんセンターの金子部長は「がん検診率が低いなかで、少なくとも職場の健診を受けに来た人に、健診医がひとこと声をかけるだけで効果はある」という。そのうえで「がん専門医のいる地域の総合病院か、検診部の独立した医療機関を選んで人間ドックを受診してほしい」と強調する。
肺がん検診は、40歳以上の喫煙者と禁煙後10年以内の人は毎年、非喫煙者も2、3年に1度、受ける必要があるという。
がん発見から8カ月で逝った藤沢さんは、妻のケイ子さんに「ごめん。もう頑張れそうもないよ。ありがとう」との言葉を残した。ケイ子さんは「両親の介護を終え、2人の時間を楽しもうとしていた矢先の出来事でした。私たちのような目にあう人が増えないでほしい」と、話している。
(2007/05/09)