■医療ソーシャルワーカー　制度利用などアドバイス

　治療を受けるには相応の支払いが必要ですが、窓口負担を避けようと、受診をためらうケースが指摘されます。経済力が弱い人が多く、そうした患者には病院の医療ソーシャルワーカー（ＭＳＷ）が相談に応じています。「治療費が払えない」と、治療を先送りしていた男性が治療を受け、未払いになるのも防いだ事例を紹介します。

（柳原一哉）

　昨年１２月３０日夜。飲食店アルバイトの中谷治夫さん（５６）＝横浜市都筑区、仮名＝は東京・新宿の地下街で家路を急いでいたところ、突然、背中が痛くなり、しゃがみ込んでしまった。

　近くのガードマンが寄ってきて声をかけたが、中谷さんの顔は激痛でゆがむ。はうようにして何とか地上に出て、救急車を自力で呼んだ。

　近くの総合病院に運ばれ、急性膵（すい）炎と胆石と診断された。医師は手術が必要と説明。しかし、中谷さんは「手術は受けたくない。痛みがとれたら、早く退院し仕事に戻りたい。治療は通院で受ける」と訴えた。

　中谷さんは、費用が気がかりだったのだ。入院当日と翌日の２日間だけで、治療・入院費は約９万円。時給９１０円のアルバイトで、月収約２０万円の中谷さんには、払う余裕がなかった。

　「蓄えもある方ではない。この調子で入院し続けたら、いったいいくらかかるか分からない。手術を受ければ、入院は最長３カ月にもなり、とてもじゃないが払えないと思った」と中谷さん。

　「そのうえ、アルバイトという身分では、休み続ければ仕事を失うかもしれない。この年齢では他に仕事が見つかる可能性もあまりない」と、退院の意向を繰り返したのだ。

　だが、病院側も真剣。医師は「手術せずに退院すれば、生命にかかわる」と、退院を許可しなかった。中谷さんは「このままだとクビだ…」と心配ばかりが募った。

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　実は中谷さんの入院はこの５年間に３度目だった。過去２回は、いずれも横浜市の総合病院に１０日と１７日間入院。いずれも手術を含む治療を勧められたが、「費用を払えないし、仕事も休めない」と無理に退院していた。

　「痛みは薬で治まった。ときどき気分が悪くなる程度で、健康には自信があったし、手術など不要。悪化しても独身だから困らない」（中谷さん）。３度目も同様に、早期退院を希望したのも「なんとかなる」と思ったからだ。

　そこで、この病院の医療ソーシャルワーカー、河田昌子さん＝仮名＝が間に入り、医師と密に相談。

　河田さんはまず、中谷さんを説得して、収入が途絶えないよう、職場の責任者に交渉をさせた。入院から今年１月末までの１カ月間は職場を離れても辞めないで済むと約束をかわした。

　その上で、身体へのダメージが少なく、回復が早い内視鏡手術を選び、早めに手術をし、約束通り１カ月で退院。医療費については、公的保険の「高額療養費制度」などの情報を提供。負担は４分の１程度で済んだ。

　中谷さんは「そんな制度があるなんて、知らなかった。親切な医者とＭＳＷに助けられ、元気に退院でき、治療費も支払え、仕事も失わなかった。大みそかに予定していた松田聖子のコンサートには行けなかったが、これから思う存分行けますよ」と中谷さん。

　河田さんは「治療は最優先だったが、仕事が続けられないと、生活が困るし、治療費が払えなければ病院には未収金になる。制度を利用して、それらを両立させることができた」という。

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　中谷さんのように、経済力が弱く、医療費の負担を苦慮し、治療を控えて病気を我慢してしまうケースは目立っている。「回復困難なほど病気を悪化させてしまう事例もある」と話す医療関係者も。

　ＮＰＯ法人の日本医療政策機構（黒川清代表理事）の今年１月の世論調査（約１１００人対象）によると、具合が悪いのに、医療機関への受診を控えた経験がある人の割合は、低所得層の方が高所得層より２・５倍も高い。

　また、「深刻な病気にかかったときに医療費を払えない」という不安のある低所得層は、高所得層の２・３倍に上る。経済力の有無で受診行動が大きく変わることがこの調査から裏付けられた格好だ。

　未払いに法的措置など強制手段を取らなくても、現場で医療関係者と患者がていねいに意思疎通をすれば、医療も提供でき、未払いも発生させずに済む。ＭＳＷの河田さんも「相談室を上手に活用してほしい」と話している。

(2007/05/29)